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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
17/38

消える少女


 疲れから一旦解放されたマルセルとノアが起き上がった。


 すぐさまリュシアン達が持ってきた昼の弁当に気が付いて喜びの声を上げれば、すぐにその場に穏やかな空気が戻ってくる。


 簡単なサンドイッチだったので、それを受け取り短い昼食を済ませた。




 その後は四人は再び修行に戻る。


 ジェラミーとリュシアンには、素質が十分に備わっているようで修行は必要ないらしい。

 彼らは先ほどまでセリアが座っていた岩に腰かけ、ノアとマルセルを見守る。


 ノアは、キャロンによって作られた結界の中で何かに耐えているような表情で目を瞑り胡坐を掻いて地面に座っている。一体結界の中で何が行われているのか、彼の額を幾つもの汗の雫が滑り落ちて行った。

 彼の目の前に立つキャロンもまた、目を閉じている。


 マルセルの方は、セリアと共に魔力の増量に励んでいた。魔術師の卵として、母の教えを乞うてきただけのことはあり、彼には十分な素質があった。必要なのは今の力を安定させ、広範囲に広げること。


特に、彼の使う魔法が時を操るのだから、その力量を上げればかなりの戦力になるだろう。


「前にも言った、蜘蛛の糸を思い出せ」

 セリアの言葉が、目を瞑り、意識の中から世界を見つめるマルセルの脳裏に響き渡る。

「お前の前に幾重にも広がったその糸。前に私は、自分の糸を見つけろと言った。それに力を注ぎ込めと。しかし、今回は違う。今回お前がしなければいけないのは、その糸を己で作り出し、世界に絡めること。魔力を使うには、それら一つ一つに力を注ぎ込むんだ。一つ一つは小さくとも、使う糸が多ければ多いほど魔力の範囲は広がり力は増す」

 マルセルは頷いた。


 目を瞑ったままでも見える世界は空っぽだ。山はないし、自分が立っているはずの草原も見えない。キャロンも居なければノアも双子も居ない。


 空っぽの世界の立つマルセルの前に、ふと姿を現したのはセリアだった。


 彼女の身体からは、数えきれないほどの糸とが繋がれていて、その一つ一つが太く長い。

 それは、魔術師の能力に匹敵するのだという。


 マルセルは集中した。息を鼻からゆっくり吸い込み、口から吐き出す腹式呼吸を四回ほど繰り返したところで、不意にセリアが持っていた小石をマルセルの方に投げつけてきた。


「今だ、流し込め!」

「っ!」

 驚きに目を開けたマルセルの眼前に飛び込んできた小石と聞こえたセリアの声。


 小石がマルセルの前でその動きを止めた。

 物理的な説明が無理な、摩訶不思議な状況だった。


「そのままその石を叩き落とせ」

 言われた通りに手を石に振り落せば、飛ばされたはずの石はいとも簡単に地面に叩きつけられた。


 マルセルは力尽きた様に両膝を支えに地面に崩れ落ちる。荒い息を肩でしながらも、その顔は好戦的である。


「そう。それが、お前の戦い方となる」

 セリアもまた、口の端を小さく持ち上げ言った。

「良い出来だ。後は、数をこなせ。お前は呑み込みが早い」

 どうやら、マルセルは伝説の女神姫を師と仰ぐことになったらしい。


 今の彼らは、完全に師と弟子であった。



「あーーー!!」

 そこで、まるで俺を忘れるなと言わんばかりの強烈な雄叫びが辺りに響いた。


 見れば、両腕を高く掲げ大きく足を開いた状態のノアが天を仰いでいる。


 目の前のキャロンは驚いたように目を点にしていた。

「ノア、あなた、凄いですね」

 絞り出したようなキャロンの言葉は、目の前の彼を誉めるためのもの。


 どうやら、結界を自分で解いたらしい。

 こちらもまた、合格点を得た。


 修行をしていた者達の一時の成功のお蔭で、先ほどまでの息苦しい凝り固まった雰囲気は一気に消し飛び、ほのぼのとした物になり代わった。




 と、誰も居ないはずのそこに姿を現した者。

「お姉ちゃんたち、だーれ?」

「!」

 すぐに構えた全員だったが、それが五歳ほどの少女だったため、すぐに肩の力を抜いて構えを解く。


 この場で一番適任だと思われるキャロンが笑顔でその少女に近づいた。


「こんな所でどうしました?迷子かしら?」

「ううん。呼ばれたの」


 キャロンの質問に頭を振って少女が答えた時、背後から別の声がした。

「ミラっ!」

 今度はそちらに、セリア以外の視線が向く。ミラ、と呼ばれた少女を追いかけてくるようにやってきたのは、十歳ぐらいの目つきの鋭い少年。


「お前ら!こいつに何をしたっ!」

 目つきの悪いまま、少年はキャロン達を睨み付ける。どうやら、ミラが何かされたと勘違いしているようだ。


 慌ててキャロンが首を振った。


「ち、違います!元々わたし達がここに来て、途中ミラちゃんが来たんですよ。わたしの名前はキャロン。怪しい者ではありません」

「………」

 キャロンの甘い笑顔は、幼い子供にも有効らしい。


 真正面からその笑顔を受け止めた少年の頬が少し赤くなる。


 それをみたジェラミーが一瞬嫉妬に燃えた様だが、両側のリュシアンとマルセルによって宥められていた。


「呼ばれた?」

 セリアといえば、誰も気に留めなかった少女の不可解な言葉に顔を顰めていた。


 ―――黒い霧。消える人。それは、何もない場所で起こっていた。まるで、何かに誘い込まれるように。


「っ!おい、全員その子から離れろ!」

 引っかかっていた一つの糸が解けると共に、セリアが慌てて叫んだ。


 少女の顔が山の方へ向く。その瞳は焦点が合わず、どこを見ているのかすら分からない。


 その瞳にその場に居た全員がぞくりとした物を背後に感じたと同時に、いきなり湧き出した真っ黒な霧が少女の身体を瞬く間に覆い隠した。


「み、ミラっ!」

 慌ててミラに近づこうとした少年をキャロンが慌てて抱え上げ後方に飛んだ。


 

 カチッカチッカチッ



 辺りに響き始めたの音があった。

 

 少女を覆った霧が徐々に霞んでいく。

 誰も動くことが出来ず、その様子を固唾を呑んで見守る事しか出来ない。



 カチッカチッカチッ


 

 秒針の音が響いている。 

 けれど、それはどこか不快に感じるような音だった。

 まるで、進まない秒針が悲鳴を上げているような、そんな、奇妙な音。

 

「ミラっ!?」

 秒針の音に気を取られている間にも、霧はどんどん薄くなっていく。


 そうして霧が無くなった時、少女の姿はもう、どこにも見当たらなかった。





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