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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
14/38

愚息といわれる理由



 セリアやキャロンが居なければ到底辿り着く事の出来なかった真実に、誰もが息を呑む。



 その情報は、犯人を捕まえるには十分にも思える事だった。


「それってつまり、アイテール王家の誰かがってこと?」

「馬鹿をいうな。もう全員死んでいる。アイテール家直系は私と兄上のみ。兄に子供は居ないようだから、子孫も残ってはいないはずだ」 

 リュシアンの言葉にセリアが眉を顰める。


 彼女の意見は尤もだ。


 しかし、とノアが声をあげる。

「けどよ、あの時の王様や、今の姫さん達みたいに生まれ変わってる可能性もあるだろう?」

「………」

 その言葉にセリアは押し黙り、キャロンは首を振る。

「アテナイ国の人々の魔力は特殊です。私達のような眷属が近くにいけばすぐに感知できるほどに。けれど、あの場には何もありませんでした。それに、今回分かったのは、城が関係しているかも、ということだけ。この事件の真犯人がアイテール家の者なのか、それともアテナイ国に関係のある者なのか、そこまでは私達にも」


「ただ信じたくないだけさ。かつての我が同朋が、今の民に害をなそうとしているなど」


 皮肉気な笑いを漏らす主を、灰色の少女は複雑な面持ちで見つめる。


「まぁ、城がどんな状態になっているか、確認しにいく必要はありそうだがな」

 セリアが呟いた声に、キャロンははっと主を見た。


 彼女は、この間のアテナイ地方にやって来たとき、セリアが意図して城を見ようとしていなかったことに気づいていた。

 セリアにとっては、不本意に暗殺されてしまった場所だ。

 見たくない気持ちも痛いほど理解できる。


 もっとも、かなりの存在感を放っていたその城も、アテナイ国が滅びると同時に姿を隠したオーリンピオス山脈のせいで今では確認出来ないぐらいには劣化や森の一部として自然に還ったようで、前回の折にはキャロンですら確認できなかったのだが。


「大丈夫だ。もう、感傷的にはならない」


 自分の亡骸を自らの手で葬り去り、新しく生まれ変わったセリアとして未知なる人生へと踏み出したばかりである。そんなに簡単に感傷に振る舞わされるほど自分は柔ではないと思っているからこその力強さの籠った返事だった。





 これからどうするか、どのように森に乗り込んでいくか、何か合った時の対策などを事細かに話合っていれば、何時しか橙色だった太陽は朱色の夕陽に代わり、そしていつの間にかその夕陽も地平線の向こうに姿を隠す所だった。


 そして丁度そんな折、何故かミネルバ家嫡男ユラウスより、夕食の招待を携えた家老が遠慮気味に部屋の扉を叩いたのである。



 嫌な予感しかしなかったが、わざわざ招待された手前、否とは言えなかった。なにしろ、傍から見ればセリア達はただの市民で、片や彼女達が世話になっている屋敷の次期当主なのだから。


 収まりかけていた憤りが又もや溢れだしそうになっているキャロンをどうにか宥めすかし、彼女達は屋敷の中で食堂にあたる部屋にやって来た。


 足を踏み入れて早々、嫌な予感が更に強まってしまった一同は一瞬踏み入れるのを躊躇ってしまう。


「どうした?早く席に着かんか」

 部屋を一杯にするほどの長さの机は、ざっと見るだけで悠に十人以上が同時に食事が出来るほどの長さを有していたし、机の上には、いつも以上に煌びやかな食器の数々が所狭しと並べられていた。


 王室でもそうお目にかかる事はないのではないかと思われるほどの豪華さで、その場にやってきた全員が目を点にしてしまったのも無理はない。


 急にこんなに豪勢になるとは、一体どういった風の吹き回しだろうかと首を傾げる。


 しかも、招待したのはあの兄だ。


 尽きない疑問で脳を一杯にしながら、それぞれが案内された場所に着席する。席順も、何故かユラウスを挟むようにセリアとキャロンが向き合うようにして座っているのだ。

 普通であれば、同じミネルバ家の弟達がそこに座るはずだというのに。



 だが、その理由はかなりあっさりと判明することとなった。



 最初に運ばれてきたのは前菜のスープで、その後パンやサラダが出される。

 そしてメインであろう少量の野菜が添えられた分厚い肉の塊が人々の前に並べられた。それらはすべて、かなり教養のある、貴族の食事慣れた者達にしか扱えない食事の数々。


 ここでようやく男の心理を理解したセリアとキャロンは一時制止と共に無言となった。


 それをなんと勘違いしたのか、ユラウスが含んだ視線でセリア達を見つめた後、勝ち誇ったような笑顔でワイングラスを煽った。


「お前達には少々難しい食事だったようだな。まぁ、ただの民間人には到底手をつけられる代物でもないし、ここは仕方がない、一般人のように食事をすることをゆるそ…」

 ワインを飲みほし、かなり白々しい言い方と共にセリア達の方を向いた瞬間、ユラウスは瞠目し言葉を切った。


 セリアとキャロンは言わずもがな、この場の誰よりもきちんとした形で食事を進めていたし、そういったことに不慣れなはずのノアも、危なげなくこなしている。

 ノアに関しては、前回滞在したアスキウレ公爵家での日々が役に立っていた。


 元王族、そして王族の乳姉妹であり付き人であった過去を生かし、皆に見せつけるほどの優雅さでフォークとナイフを操り食事を進めていたセリアとキャロンは、自分達に向けられてくる痛いほどの視線を物ともせず、誰よりも早く食事を終えた。


 膝に置いていた布ナプキンを手に取り口元を拭うさまは、まるで可憐な令嬢とも見まがうほど。

 無言でそれらをすべて行い、二人は同時に横目でユラウスを見た。

 

 無言の圧力が彼を襲う。


「ふ、ふん!なんだ、民間人にしては少しは使えるようだなっ」

 負け惜しみとしか思えない一言が部屋に響き渡る。その侘しさのあまり彼の声が何度か反響するように、その場に居た者の鼓膜を揺らした。


 あまりにも恥ずかしい身内の行動に、リュシアンとジェラミーは深いため息と共に頭を振り、見えないところでマルセルが器用に腹を抱え肩を揺らしていた。


 顔を真っ赤にしながらも、食事中に主催者がその場を離れるわけには行かないので、ユラウスはその場に座ったまますごい勢いでワインのボトルを開けていく。

 途中、彼がグラスを進めてきたので、セリアとキャロンは断れば、そこで少しだけその表情が元の見下したモノに変わったようだった。

 きっと、酒も飲めないのか、と思われたに違いない。


 もっとも、セリアもキャロンも、赤ワインよりも白ワインの方が好みだったというだけの話である。


 閑話休題。


 食事の最後を彩るのは、美味しそうなタルトある。


 しかし、これらのデザートもまた食べるときにこそ高度な技術が求められるのだ。というのも、どれだけデザートの美しさを保ちながら味わうかだとか、食べた後の皿の汚れの少なさなどを見られるのだから。


 フォークの先端をケーキに対して垂直に刺し、手前に倒すように横に向けて切り、刺し直して口に運ぶ。


 今回のデザートは、特に食べるときの技術が問われるフルーツタルトであった。

 きっと、食べられるわけがないというのを見越しての事だったのだろうけど、悲しいかな、セリア達の前では敵ですらない。通常より切りにくいタルトの底の生地をフォークだけで切り分け、果物達の間を器用に切り分けていくものだから取りこぼしもない。


 タルトの屑も何一つ皿に残らない終わりとなった。


「とても美味しい食事でした。招待頂きありがとうございます」

 素直に礼を言って頭を下げるセリアを見ていたユラウスの表情は、面白い位に歪む。 


「………ふん」

 自分の求めていた結果にならなかったことが気に入らなかったのか、ユラウスは用が出来たと足早にその場を出て行ってしまった。


 その後ろ姿を見送ってしばらくして。



「………うむ」

「まったく!何なんですかあれは!」

 あまりにも幼い行動に、セリアは毒気を抜かれていたし、キャロンに至っては悔し涙まで見せそうになる始末。


 リュシアンとジェラミーもここまで来るとどうフォローしてよいか分からなくなったらしい。


 困った表情でお互いの愛おしい人を見つめるだけでもう何も言わなかった。

 むしろ、言えなかった。



「………とりあえず、てめぇも少し落ち着け。仮にも公爵家嫡男だろうが」

 そんな中、ノアはじと目で向かいに座るマルセルに声をかけた。


 もちろん、お腹が捩れてしょうがないマルセルからの返事はなかったけれど。




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