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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
11/38

兄登場


 すでに夜も深くなってきたということで、その場はお開きとなり、セリア達はそれぞれ滞在する部屋へと案内された。


 

 翌朝、彼らは朝食の席で再び顔を会わせることになる。



「ミネルバ家の居心地はどう?大丈夫?」

「あぁ、問題ない」

 朝食を頂く客間に入れば、先に居たリュシアンからさっそく声を掛けられる。

 失礼にならない程度に言葉を交わせば、自然な流れで己の隣に平然と座ってくるものだからセリアはきっとリュシアンをねめつける。

 嬉しそうなウィンクで返されたので、押し黙るしかなかった。



「キャロン殿、もし何か入り用であればすぐに用意させる」

「………」

 ジェラミーも足早にセリアの後に続いてやってきたキャロンに声をかける。

 いつもなら渋々でも返事をくれる灰色の少女は、瞳を小さく伏せると、無言でジェラミーの前を通り過ぎてしまった。

 思わずといった様子でジェラミーが彼女の方へ腕を伸ばすが、すぐに自制するようにその手をひっこめる。



 無礼に当たる行動を何よりも嫌がる、前世の王族の付き人に誇りをもっていた少女の常にない行動に、周りにいた全員が沈黙した。

 といっても、なんとなく理由を察することができたので、あえて周りは普通に振る舞う事にした。

 


 リュシアンとセリア、ジェラミーとキャロン。

 四人の行動を一歩下がって見ていたマルセルは、居心地が悪そうに自分の隣に立つノアにそっと耳打ちをする。


「なんか青春みたいで、面白いよね」

 あくまでも他人事、な姿勢を崩さない青年を見つめ、藍色の青年はまるで苦虫を口の中に突っ込まれ、噛み砕かざるを得ない状況になってしまったかのような顰め面になった。


 笑顔の裏に見え隠れするのは、己を注意深く観察する鋭い瞳。

 なんとなく、セリアが彼を苦手とする理由がわかる気はする。


「………それ、姫さんに聞かれたら消されるぞ」

「あはははは」


 マルセルの周りだけは、空気の淀んだその場に置いて、爽快な朝の如くキラキラ輝き続けていた。



✿  ✿  ✿




 朝食を食べ終えた一行が、それぞれ馬に跨ると、早速事件の調査を開始するために神隠しが起きたとされる場所を見て回ることにした。


 上空を覆う暗雲と、説明された魔術でしか起きることのない事件に考慮して、全員が一弾となって行動する。

 なにかあっても、セリアとキャロンがいれば対処ができるだという言葉に従ってのことだった。


 それを伝えられた男達は、揃いも揃って微妙な顔になる。


 彼女達の言葉はまったくもって正しいのだが、男として、少しどうなんだろう、と目を遠くした。


 アテナイ地方に詳しいリュシアンとジェラミーが先導し、その後をセリアとキャロンが、そして最後尾にはいつの間にか馬が合ったらしいノアとマルセルが続く。


 もっとも、マルセルが一方的にノアをからかっていて、それにノアがしょうがなく返しているだけなのだが。


 アテナイ地方は、元は一つの国であったため、他のイリーオス国の地方に比べても規模が大きい。

 というのも、オーリンピオスは幾つもの山で出来た山脈で、アテナイ地方の半分以上を囲っており、その範囲すべてをアテナイ地方の領域と定められているからだ。


 イリーオス国の端に位置するこの場所は、過去にイリーオスに戦略された後、その場所の造りから、皮肉にも攻め込まれた時には国の最期の枢としての役目も担っている。

 そして土地を分けるように流れる、枝分かれした川が続く。それは、人々の生活場所を確保するためのものでもあった。


 アテナイの人々は基本山に近い場所よりも、川の傍で生活していた。山の麓の王城で暮らしていた一部を除いて。


 ミネルバ邸に背を向けて進めば、すぐに立派な橋に差し掛かる。そこを越えればすぐに、この土地で一番栄えている街が姿を見せるのだ。


 近年新しい技術によりレンガ状の石畳が主流のイリーオス国において、アテナイ地方の街は四角型のあらゆる形の石を器用に敷き詰めたもの。それは300年前から続くこの地方唯一の技術で、国の生き残りと言っても過言ではないミネルバ家が、誇りを掛けて守ってきた風景でもあった。


 全体的に赤茶と白っぽい茶色で統一された建物も、セリアとキャロンには懐かしく感じる。そんな穏やかな印象を持たせる小さな街の背後にそびえ立つのは、神々の住みかだといわれるのも頷ける堂々たる佇まいの山脈。


 例えその後ろに立ち込める黒い雲があろうとも、その光景は人々の目を奪った。

「………何も、変わっていないな」


 前回来た時は、禄に街を見ることもなく去ったため、こうして再び見て回れるのは喜ばしいことだった。時の流れは感じても、見える景色はさほど変わらない。


 けれど、神隠しの一件もあってか街に人影はなく、どこかひっそりとしていた。


 見物ではなく、この地方の人々の安心を最優先にするべきだと心を入れ替え、セリアは手綱を握り直した。隣では、キャロンが背筋を正している。


 考えていることは同じだったらしい。お互い目配せして小さく笑い合った。


 そうして思うのだ。こうしてこの時を、共に生きている事に。

 なんともいえない奇跡だと思わずにはいられなかった。





 リュシアン達の後ろを付いていくだけだったので、考え事をしていても目的地には辿り着く。


 街を通り過ぎ、もう一つの橋を渡って、気が付けば山脈を守るように存在する森が目の前に広がっていた。

「ここか?」

 訝しむようにセリアは首を傾げた。


 あまりにも山脈に近すぎるのではないかと思ったのだ。

 それは他の者達も同じだったらしく、不思議そうに辺りを見回していた。


 ここはアテナイ地方でも端に位置する場所で、周りにはなにもないのだ。神隠しにあった人物は、何を思ってここに来たというのだろう。


「次はこっちだ」

 手元の資料を確認しつつ、リュシアンが再び誘導する。


 


 それは、森を添うように進んだ場所の先にあった。


「………この辺りも、なんにもねぇぞ」

 ノアが訳が分からないというように、後ろ手で首を掻き毟る。


「ここでは二人が行方不明になっているようだ」

 ここと、ここだ、とジェラミーが馬を動かしもう一つの場所へ移動してみせた。


「………」

 ふとセリアが黙り込む。

「何か引っかかる事でも?」

 見習いの魔術師として少しでも力になりたいと考えて、セリアとキャロンの行動を注意深く観察していたマルセルは、そんなセリアにすぐに気がつき声をかける。


 一気に全員の注目が集中するが、琥珀の瞳を誰にも見られないように閉じてしまった彼女は小さく首を振った。


「いや。まだ憶測でしかないからな、なんとも言えん。………まだ他にも廻る場所はあるんだろう」

「うん」

 そうして一同が移動すること数刻。


 合計二十箇所近くもの場所を巡った時点で、セリアが馬の動きを止めて再び考え始めた。今回はセリアだけではなく、キャロンも眉を寄せて辺を忙しなく馬で駆け巡り始めていた。


 少女達の行動の意図が見えず、狼狽えるのは四人の男性陣の方である。


 一定の速度で走り回っていたキャロンがようやく戻って来たかと思えば、そのまま男性陣を通り越しセリアの横に並ぶ。


「姫さま、ここはやはり」

「あぁ、間違いない」

 二人の意見が重なったようだ。


「二人共、何が間違いないの?」

 細心の注意を払って二人を窺っていたリュシアンが、頃合いを見計らって二人に問いかけ、セリアがそれに答えようと口を開いた直後、背後から五月蠅いほどの樋爪の音が聞こえてきた。



「おいお前達!ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」


 

 そうして姿を現したのは、逆立った黒髪と極限にまで顰められた表情が特徴的な男性。


「兄上………」

 背後でリュシアンがそう呟いたのが聞こえた。

 




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