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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
10/38

事件の詳細


 ジェラミーの喝にも似た一言のお蔭で、キャロンもようやく我を取り戻したようだった。 

 すぐにミネルバ当主に適切な会釈をし、今世での立場と名前を名乗る。



 そうしてようやく、彼らはそれぞれ椅子に腰を落ち着け、本題へと話題を移すことができた。


 セリアとマルセルで今のアテナイ地方の状況を説明すれば、当主は難しそうに顎に手を置いて唸る。やはり、彼らにも見えなかったらしい。


 ミネルバ家の血を受け継いでいるとはいえ、魔力までは受け継いでこなかったのは一目瞭然である。


 むしろ、アスキウレ家の当主達が魔力を今なお保持していることの方が驚きなのだが、時の魔力という特殊なモノである故にその使い方をきちんと忘れずに次の世代に受け継いできたことが大きな要因だろうと、セリアとキャロンは考えていた。


 ひと時の間押し黙っていたミネルバ当主だったが、これ以上は埒が明かないと、自分の知りえるすべての情報を共有することにしたようで、ようやく口を開いた。


「………その暗雲がどう関係しているかは、私にもわかりかねますが、神隠しに合った者達に、これといった共通点は今の所見つかっていません。あるとすれば、それはすべてがこのアテナイ地方に代々根を下ろす家の者達、といった所でしょうか」

「この地方で生まれ育った者達、ということか」

 セリアが問えば、ミネルバ当主はその口髭を手で撫でながら一つ頷く。

「それも、一世代二世代ではなく、祖父母以上の代からここに住む者達に限定されているようです。それ以外は、なにも。幼い者は五歳以上から、上は七十代まで、男女様々です」


 奇妙な話だった。


 本来、アテナイ地方は神に守られた民達。そんな彼らをわざわざ襲っているということは、まったく穏やかではない。


「オーリンピオス山脈でさえこの黒雲に覆われている。それはつまり、神々がこの騒動を黙認しているということ」

 セリアは厳しい表情で窓越しに山があるはずの場所を見つめる。


 すでに夜の帳が幕を降ろし、人目では見えないものの、セリアには見ることができた。


 セリアの言葉にリュシアンが首を傾げる。

 前回の事件に関わったお蔭で、少しは状況についていくだけの余裕ができたということだろう。前は、置いてけぼりばかりだったから。

「これは、神々の仕業ってこと?」


 しかしセリアの代わりにキャロンがその問いに首を振って応えた。

「いいえ。ここで感じるのは、魔力です。神の操る力、神力ではありません」

「それで、王は、物理的では説明できない事が起きていると言っていたが、それについては?」


 当主は机の上に置いてあった分厚い書類を手に取って捲り始める。どうやら、今回の事件の調査表のようだ。


「神隠しに合う場所や時間は特定できませんが、目撃談は数々ありまして。それらによれば、姿を消したモノ達は、消える直前、一様に目の焦点が合わなくなり身体の動きを止めるそうです。そして次の瞬間には黒い霧がその身体を包み次の瞬間には消え去っていると」

「………なんだ、それは」

 まるで聞いたことがない現象だった。 


 セリアとキャロンですら、思わず首を傾げるほどのもの。そんな事、魔術師達が数多く存在した300年前ですら聞いたことのない現象だった。


 なるほど、三公であるミネルバ公爵家が手を上げて王家に応援要請を求めるのも頷ける。


「もはや普通の人間である我々には手に負えなくなりましたので、王に進言した所、他言無用ということで、お二方の存在を聞かせて頂いた次第です」

「父上、ということは………」 


 ここで、ジェラミーとリュシアンが同時に身じろぎをした。


 少しの思案を滲ませた声音でジェラミーが口を開き、それに続くかのようにリュシアンが父親を見つめる。


「兄上には、何も?」

 息子たちの疑問を、父はきちんろ理解していた。その上で溜息をついて首を振って見せる。

「あれは、調査に出たまましばらく戻ってきていない。………自分が解決するのだと息巻いていてな、聞く耳を持とうともしない。まぁ、説明したところで素直に聞くやつでもないだろうが」


 ある意味投げやりにも聞こえる父の言葉に双子が沈黙した。


「兄上とは」

「リュシアンとジェラミーの兄上で、ミネルバ家次期当主、ユラウス・ミネルバだよ」

 困った事になったと一斉に額に手を当て俯くミネルバ家の者達に代わり、この場で唯一面識があるであろうマルセルが答える。


「あぁ、聞いたことのある名だな。確か、前回も自分で調査をするとオーリンピオスに向かっていた兄君か。今回も、ということは、とても探求心旺盛な者らしいな」

 少々時を遡り存在を思い出したセリアに、マルセルは苦笑を返す。

「うーん。探求心旺盛というか、なんというか。中々強烈な方だよ」


 自分は社交の場でしか言葉を交わしたことはないし、身内でもないためあえてマルセルが言葉を濁せば、疲れた様子のリュシアンが補足を加えるために額から手を離した。


「強烈なんて、優しい言葉じゃ足りないぐらい、とりあえずめんどくさい兄なんだ」

「まぁ、リュシアンやジェラミーが実家に寄りつかない理由になるぐらいには、あまり馬が合わないらしいよ」


 もはや他人事で笑うマルセルに、少し苛立ちの籠った視線を向けたリュシアンだが、彼の言葉は正しいらしく否定はしない。


「説明するより、会った方がいいだろう。といっても、いつ戻ってくるかも皆目見当もつかんが」

 ミネルバ当主もまた諦め半分といった体で顔を上げてそう言った。


 その視線がセリアとキャロンに向かっているので、二人は嫌な予感を覚え無意識の内に背筋を伸ばす。

「この事件がアテナイ地方で起きている限り、我がミネルバ家の長男が迷惑をかけることは必然」


 ―――必然なのか。

 ユラウスを詳しく知らないセリアとキャロン、ノアの想いが重なり、少々背筋がざわついた。


「非常にみっともない事とは承知しておりますが、父としてお願いしたい。どうか、フィオナ姫とエヴァ様の力をもって、ユラウスの心を入れ替えてほしいのです」


「し、しかし、どうやって」

 まさかのもう一つの依頼にキャロンが慌ててその本当の意図を問えば、

「一度でも彼の鼻を明かしてもらえればそれだけで良いのです。ミネルバ家の次期当主だからといって容赦はいりません」

 というなんともよくわからない返事のみが戻ってくる。


「………どんな子息なんだ、一体」

 まさかの申し入れに、セリアは短い突っ込みを入れずには居られなかった。


 黙ったままのキャロンとノアは、架空のミネルバ家長男を想像し、勝手に顔を青くさせている。彼らの想像の中の長男は、筋肉隆々の強面な男になっているのだが、それは誰も知りえない。


 

 事件の事だけでも頭を悩ませるにが十分だというのに、ここに来て更に増えた心配事の種に、セリアは文字通り頭を抱えた。






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