表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

そういうのは押し売りって言うんだよ押し売り、わかる?

 電車が頬に触れる。極限まで遅くなった世界でその冷たさを感じる事もないまま、主水は最後の覚悟を決めた。

 じゃあな、安優子。強く、幸せに生きてくれよ。バアさん、先に行く事になって悪いな。ショックでボケるなよ。まあ、またいつか会えるさ。だから、こっちにはのんびり来い。

 主水は、覚悟を決める。

 息子よ、お前は一発殴りたかった。マジで。ふざけんなよお前、ボケたからって速攻で老人ホームとかお前には情がないのか情が。ていうかそもそもボケてねぇし。あ、なんか最後に腹立ってきた。今際の際になんだよお前、今すぐここに来て俺に殴られろ、ていうかお前も一緒に轢かれろ。

 主水は、覚悟を決めている。

 息子嫁よ、あー、なんかなんだなぁ。バアさんとお前は仲良かったけど、あんまり俺とは絡まなかったな。まあなんだ、安優子をちゃんと育てろよ。

 主水はいつまで覚悟を決めれば良いのか。

 ていうか高遠お前最後まで迷惑かけやがってこの野郎、恩返しどころか仇で返しやがってこの野郎。……まあ、お前と時々する散歩は気分転換にはなったからさ。あの世でも、仲良くやろうや。ていうかあの世に行ったらボケは治るのか? 治ってくれないと困るぞお前、これ以上面倒見てらんないぞ。

 そして、主水はさすがにおかしいと思った。

 長くねぇ? ワシの覚悟長くねぇ?

 世界はその速度を止めて、完全に静止していた。思考だけが加速しているのだろうか。そして、声が聞こえた。

「力が……欲しいか……」

「こ、こいつ……直接脳内に?」

 108チャンネル定番のネタをつい返してしまう。

「力が欲しいか……」

 再び声が聞こえる。なんだこれは。孫から借りた漫画でこういうのあったぞ。中性的で、男か女かは判別は付かず、人の声から個性を抜き取った様な不思議な声だった。

「力ってなんだよ」

 頭の中で、聞いてみる。

「力は、力だ……今そこにある死を免れる力、そして究極の力」

「え、何? わかんない」

「力を得る事で、お前は死の運命を覆す事ができるだろう」

「え、これってそういう状況なのか? 何もジジイの死に際じゃなくてもさ、もっと若いやつに言ってやれよそれ」

「力は……いらぬと?」

「いや、いるとかいらないじゃなくてさ。もうワシジジイだから、ここで死ななくても近々死ぬだろうしさ」

 返事をすると、少し間が開いて、再び声が聞こえた。

「本当に……必要ないのだな?」

「いらねぇって、別のやつにくれてやれよ」

 少し苛立ちながら、主水が返事をする。

「普通ほしがるぞ……? 力……。究極なんだぞ……?」

「いやワシ覚悟せっかく決めてんだしさ、いらねぇっつってんの。なんだよ押し売りかよ勘弁しろよ」

 少し間を置いてから、鼻をすする音が聞こえた。え、この声誰だか知らないけどさ、ショック受けてんの? 泣いてんの? ていうか鼻すする音まで脳内に伝えんじゃねぇよ。主水が内心思っていると、どうやらそれも伝わってしまっているらしかった。

「ショ、ショックとか受けてないし……。泣いてないし……。別にさ、いらないって言うならあげないし……」

 なんだこいつはいじられキャラか。

「ああいらねぇよ、くれってそもそも言ってねぇよ、他のやつにくれてやれよ」

「そんな事言って……後で後悔しても知らないぞ……本当に後悔するからな……? 本当の本当だぞ……? 他のやつにあげちゃうぞ……?」

 めんどくせぇ、と思っていると、声は聞こえなくなった。これで、ようやく安らかに逝ける。そう思って目を閉じた次の瞬間、何か重いものがぶつかるような、嫌な音が聞こえた。

 思ったよりも衝撃はない。衝突音も、想像したよりは大きくない。楽なもんだ、これなら別に死ぬなんて怖がる事もなかったなぁ。目を開いたらそこはもう天国か。

 主水がそんな事を考えてながら目をゆっくり開くと。


 目の前に、右手で電車を止める筋肉がムキムキになった高遠がいて、思わず主水は悲鳴の様に叫んだ。

「お前かよ!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ