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二十五話 美味しいカレーの作り方

 俺たちがキャンプ場へと戻ってきたのは、ネットに入れたリンゴが流されないよう、しっかりと川辺の岩に括り付けてからのこと。

 果たしてすでに冷えたリンゴを更に冷やして意味があるのかは疑問は残るが、当人は「ロマンなんだよ!」と主張して決して譲らなかったのだから仕方がない。


 ……それにしても、あのまま放置しても大丈夫なんだろうか。

 水の中とはいえ、美味しそうなリンゴがゴロゴロしていたら野生動物に食い荒らされる可能性もあるだろうに。

 それこそ猿とか。


 しかし、光理(みこと)に尋ねたところ、そこに関してだけは想定内のようで、見張り(・・・)がいるから平気だと軽く笑うだけだった。





 まあ、それはさておき。

 自由時間も終わり、俺たちがいるのはキャンプ場に備え付けられた炊事場だ。


 このハイキングでは、前述のとおり、昼食を自分たちの手で調理しなければならない。

 教師曰く、班ごとに役割分担をしてチームワークがなんとか。


 もっとも、作るメニューは決められていてカレーである。

 炒めた上で煮ることもあって火が通らないことはまずないし、味はルーがなんとかしてくれる。


 つまり、高校生にもなれば簡単なメニューで何の問題もない……はずなんだが。


「いったぁ……!」


 人差し指を抑えながら、光理が小さく叫ぶ。

 まな板には赤い点がついたジャガイモ、逆の手には包丁が握られていて、何が起きたかは明白だった。


 大丈夫か。

 俺は声が声をかけるよりも早く、傍にいた小清水がツッコミを入れる。


「どうしてミコトさんは猫の手をしないの……。さっきから何度も言っているのに、同じ失敗をしてばかりじゃない!」

「つ、つい切ることに熱中しちゃって」


 ……彼女の言うように、光理がしくじるのはこれが初めてじゃない。


 二度、三度――。

 まな板が深紅に染まるのではないかというぐらい切り損じていて、その度、彼女は注意を促しているのだから、今回の怒りもごもっともなのだと思う。


 ちなみに、豪炎寺も料理に関しては似たようなもので、もしこの場にいたら一緒に怒られているんだろう。

 しかし、あいつは飯盒炊飯だけはやけに得意らしく、

 

『ハッハッハ! ご飯のおかずに食べられるぐらい美味しい白米を用意しよう!』


 と意気揚々と宣言してから専用の集合場所へと向かっていて、今はいない。


「だから、それがいけないのよ! 包丁を使い慣れていないのに、無理に早く切る必要はないんだから……。というか、よく痛みを気にせずにいられるわね……?」

「あ、このぐらいなら大丈夫だよ。僕、痛みには強いから。ほら、もう血が出てない」

「き、傷口なんて見せなくていいわよ……! とにかく、にゃんこ(・・・・)の手を意識しなさい!」

「……にゃんこ?」


 復唱しながら、両手を頭に乗せて猫耳を形作る光理。

 首を傾げられて、小清水も自分が何を言ったか気がついたらしい。

 顔を真っ赤にして、


「あなたのことを心配して言ってるのに……。もう!」


 といったきりそっぽを向いてしまう。


「ご、ごめん、愛奈さん。馬鹿にしたつもりじゃないんだよ? でも、可愛くてつい」


 すっかり光理はたじたじといった様子なのだが、謝られても彼女の怒りは収まらないようで……。


 どうにも居づらいと感じたのか、光理はわざとらしいぐらい「ああっと!」と声を上げると、


「ちょっと川の方を見てくるね! デザートがどうなってるか心配だし!」


 とだけ告げて、すたこらと逃げるように炊事場から立ち去って行った。





 取り残されたのは、俺と小清水の二人だけ。

 さっきの一幕もあって黙々と食材を刻んでいたのだが……。


 一段落して炒める段階になると、俺がフライパンを握ってることもあってどうにも手持無沙汰になってきたらしい。

 そんなタイミングを見計らって俺は口を開く。


「悪いな、小清水。でも、あんまり怒らないでやってくれよ。あれは光理の性分みたいなものだから」

「……別にもう怒ってないわよ。家での言葉遣いが出ちゃった自分が恥ずかしくて、八つ当たりしちゃったようなものだもの」

「家での?」

「……言っておくけど、歳の離れた妹がいるから、その子に教えてあげていただけよ」


 なるほど。

 ついつい気にかけてしまう気質は、それで培われたのか。

 俺は納得してこくり頷いた。


 もしかしたら、先ほどの光理相手の態度も、無意識に重ねあわせてしまった結果なのかもしれない。


「なあ、ついでに一つ聞いていいか?」

「……何かしら?」

「いや、断った身でなんだけど、何が切欠でサッカー部のマネージャーになったのかなって思ったんだ。それも、チームのことを考えるぐらい真剣みたいだし」


 個人的な印象で語るなら、小清水は文科系の部活に所属していそうなイメージがある。

 もしくは生徒会とか。


 偏見といってはなんだが、なんとなく彼女とサッカー部が結びつかない。

 それに関してはスカウトされて以来、なんとなく気になっていたのだ。


「あ、別に嫌だったら無視してくれていいぞ。ちょっとした雑談の種になればいいなと思っただけだから」

「……ううん。さっき、話をするって約束はしてたし、ちょうどいいわ。測らずとも夏休みには、こっちからあなたの事情を訊いてしまったしね」


 補足を付け加えれば、しばしの逡巡を挟んだものの、幸い、小清水の口調は嫌そうではなかった。

 それどころか何処か楽しそうで、ジュージューと肉の焼ける音をBGMに、ぽつぽつと語り始める。


「そうね。私がサッカーを初めて見たのは小学校の頃だったかしら。それが切欠だったわ」

「小学校? ってことは、マネージャーを始めたのって結構昔なんだな」

「ええ。親に連れられて見に行ったんだけどね。……そこで見た選手の一人がとても輝いてた。チーム全体を引っ張っているとでもいうのかしら。彼が動けば、自然と周りがついてくる。決して的確に指示を出していたとか、そういうわけでもないのに」


 ……色褪せぬ思い出を語る様に、弾んだ語り口。


「それを見て、こんな選手をサポートできる役割につけたらな……って思ったのよ。で、それ以来、ずっと続けてるの」

「結局、その選手とはまた会えたのか? そんなに衝撃的な相手だったんだろ」


 だからこそ、その一点が気になった。


「そうね……。結局会えていないわ。もしかしたら、二度と会えないかもしれない」

「そうか……」


 ほんの少しの空白を経て、小清水はきっぱりと否定。

 ……彼女が小学生の頃といえば、幅は広いが五年近く前になる。


 もしプロ選手だとしたら、引退していてもおかしくはないのかもしれない。

 彼女の口ぶりには、そんな一抹の寂しさが感じられた。


「……それにしてもミコトさん遅いわね」

「あ、ああ」


 話しているうちに具材は十二分に炒められていて、辺りには食欲をそそる香りが立ち込めている。

 後は煮込んでルーを入れるだけ。


 つまりはそれだけの時間が経っているはずだった。


 しかし、全く帰ってくる気配が感じられず、ほとぼりを覚ますだけには長すぎる。


 ……なんだか、妙に胸騒ぎがしてきて。


「少し様子を見てくるよ」 


 俺は小清水にそう告げると、炊事場を後にした。

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