十八話 外での血液の与え方
「……お前な、一体どういうつもりなんだ? わざわざ、クラスメイト全員の前であんな誤解させるようなこと言って」
始業式を終え、放課後。
俺は自分の席に腰かけたまま、隣にいる親友をじろっと睨み付けた。
「誤解だなんて酷い……。僕の初めてを奪ったのはヨースケで、ベッドの上で、あんなにたくさん血が出てたのに……」
「いや、なんかいかがわしい言い方してるけど、襲われたのも血が出てたのも俺の方だからな? っていうか、一緒の部屋で寝てたのも、小学生のころ、お前が俺の家に泊まりに来てたからじゃないか」
よよよと泣き真似をする光理に、眉を顰めながら。
すっかり人気がなくなる時間帯を待っておいてよかった。
ただでさえ外聞が悪いのに、こんな会話を他人が耳にしたら、どんな噂を立てられるかわかったものじゃない。
「むぅ、ノリが悪いなあ。僕としては色々考えてのことなのに」
すると、ぷくっと頬を膨らませて光理が言う。
一体、どういうことなのか。
あの後、休み時間になったのだが、誰もが光理を遠巻きに眺めるだけ。
折角の転校生だというのに、話しかける生徒は誰もいなかった。
少なくとも、クラス内での光理の立場は、著しく悪くなったとしか思えないんだが。
「まあ、ヨースケがあんな目に遭うのは予想外だったから、そこは悪いとは思うけどさぁ……」
……あの後、俺を襲ったのは更なるひそひそ話だった。
『折角、クラスに新しい女子が増えたのに』
『なんで仁田みたいなやつに』
『俺という心の友がありながら!』
……最後は少し違う気がするが、男子たちはひたすら俺をちくちくと。
あたかもそれは針のむしろのようで、それはもう居心地の悪い時間だったのだ。
「でも、これにはきちんとわけがあるんだよ。だから、ね?」
これからの学生生活が不安になる俺を見て、光理はてへっと小さく舌を出す。
……理由、か。
あまりにくだらないものだとしたら、流石にガツンと言ってやろう。
そう心に決めつつ、俺は光理に続けるよう促した。
「一言でいうなら、ヨースケには隠れ蓑になって欲しいんだよね」
「隠れ蓑?」
「うん。だって、今の僕って超絶的な美少女だし。ヨースケもそう思うでしょ?」
臆面せずに、自分の容姿を褒め称える光理。
つい白眼視してしまいそうになるものの、男子の殆どが見惚れていたのは否定のできない事実である。
「思春期の男子なんて飢えた狼からしたら、カモがネギを持ってきたようなものだよ。フリーだとしたら、放っておかれるわけがないと思うんだ」
その例えは兎も角、言いたい内容は大体理解できた。
光理が望んでいるのは、表向きフリーでない状況。
つまり――。
「俺と付き合ってることにする……ってわけか」
「うん、その通り! 女の子ならまだしも、男子にそういう目で見られても困るしさ……。流石にそのぐらいならヨースケでもわかるよね?」
わかるか、わからないかでいえば、わかる。
相手からすれば光理が異性だとしても、光理にとってその男子は同性だ。
男の吸血鬼に襲われたトラウマもあるだろうし、想いになんて応えられるはずがない。
だから、予防線を張っておこう。
言ってしまえば、そういう話なのだろう。
そして、その場合、クラスの不良だと目されている俺はうってつけの存在なのだ。
「……でもなぁ」
「それに、いつ血が吸いたくなるかわからないんだよ? そういうとき、二人で抜け出しても変に怪しまれないで便利じゃない? ――それこそ、今とかさ」
「え……?」
納得できずにいると、光理は、窓際から差し込む日光にすっと手の甲を翳す。
すると、じゅっと焦げるような音がして、白い肌の一部が焼けただれたようになっていた。
「血をもらったのって、こっちに戻ってきた日だけだもん。この二週間、ずっと光に当たってなかったから平気だったけど、流石にもう駄目みたい」
「大丈夫なのか?」
酷く痛々しく感じるのだが、あいつは日光を避けるため、カーテンに巻かれるように隠れるとこくり。
曰く、この程度なら、魔力さえ補給できれば一瞬で回復できるらしい。
……なら、仕方ないか。
血を与える約束はしているし、折角同じ学校なのだから、困ったことがあれば助けてやりたい。
日が落ちるまで、ここにいるというわけにもいかないし。
「でも、出来るだけ手早く済ませてくれよ」
もし、誰かに目撃されたら言い訳のしようがない。
俺はきちんと釘を刺してから、前回と同様に目をつぶって腕を差し出して――。
◆
――結論から言うと、今回も光理は想定していたところを噛みつかなかった。
いや、間違いなく腕なのだ。
そのあたり、一応は約束を守っている。
だが、あいつが牙を立てたのは、ご丁寧に俺の人差し指。
床に跪くと、両手を俺の掌に添えて、はむっと口の中に含んでしまっていた。
それでも、やはり動脈のある箇所に比べれば出が悪いのだろう。
時折舌先が傷口に這ってきて、ちろちろ、ちろちろと、まるでミルクを啜る子猫のように、何度も何度も俺の指を舐め上げる。
……痛みはなかった。
多分、以前推測した通り、魔法かなにかで痛覚をある程度麻痺させているんだと思う。
しかし、それ以外の感覚は何の変化もなく――。
火傷しそうなほど熱い咥内と、柔らかく指先を舐めとる舌先の感触。
荒い鼻息がかかることによる、少しばかりのこそばゆさ。
そして、耳朶を打つぴちゃぴちゃという淫靡な水音は、決して無視できないものだった。
◆
それでも耐え続けること数十分。
前回よりも時間はかかったが、どうやら満足いく分を吸い終えたらしい。
人差し指から光理の桃色の唇が離され、間をつつっと糸が引く。
その上、
「ふはぁ……」
という、熱の籠ったため息。
上目遣いの視線も相まって、あどけない顔立ちに反してどことなく色気を感じる表情で……。
自然と目を背けてしまっていた。
「……えへへ、驚いた?」
すると、そんな俺に対して光理は自慢げな笑み。
例えるなら、悪戯の成功した子供みたいな。
「……言っとくけど、吸血行動にサプライズは求めていないからな」
「でも、これなら例え見つかったとしても色々と言い訳が効くと思わない?」
想像してみた。
腕と首筋、そして今の指先をしゃぶられている姿だ。
……いや、どれにしろ絵面がアウト過ぎるだろう。
まあ、腕や首筋に噛みついているよりはマシなのかもしれないが。
なんか、真面目に考えたら負けな気がする。
現に、光理はニヤニヤとしているし。
そして、俺と目が合うと、カッターシャツの裾をぎゅっと掴みながら言うのだ。
「……言ったでしょ? 僕は『どんな学校でもヨースケと一緒なら楽しい』って。それは変わらないよ?」
と。