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十七話 学友たちの騙し方

 母さんに外出禁止を言い渡されてから二週間。

 時間が経つのはあっという間で、九月一日――要するに、始業式当日になっていた。


「……入りづらいな」


 教室の扉の前で、一人ぼやく。


 外からでも容易に推測できるほど、室内は喧噪に包まれていた。


 やれ、『何処に旅行した』だの。

 やれ、『夏祭りで恋人が出来た』だの。


 誰もがひと夏の思い出で盛り上がっているのである。


 ちらり。

 俺は腕時計で時刻を確認する。


 そろそろチャイムの鳴る五分前。

 注意を受けないためにも、席につかなければならないだろう。


 意を決して俺は扉を開けると、出来るだけ目立たないよう心がけて窓際の席へと向かう。


 ……しかし、人の気配というのは中々、隠せないものらしい。

 俺が席につくころには、浮ついた空気は跡形もなく霧散し、ひそひそ話が囁かれていた。


「仁田だ、仁田が来たぞ……」

「あいつ、この夏で数えきれないぐらい補導されたらしいぜ……」

「夜中の歓楽街を歩き回ってたって聞いたぞ」


 ……これが、つい先日、光理に打ち明けられなかった秘密。


 簡潔に言おう。

 俺は高校に入学してすぐに乱闘騒ぎを起こしてしまい、それ以来、クラスで完璧に浮いてしまっている。


 それどころか、札付きの不良だなんて噂されていて――。

 こんな風に、鼻つまみ者扱いされているのだった。


「やあ! 仁田君! 久しぶりだな!」


 だというのに、そんな俺へと話しかけてくる男が一人。

 振り向けばそこにあったのは、白い歯をきらりと輝かせての、鳥肌が立つほど爽やかな笑顔だった。


「……豪炎寺か」

「一月ぶりの心の友に相変わらずそっけない対応だなぁ。まあ、それが君らしいといえばらしいんだが!」


 この男の名前は、豪炎寺(ごうえんじ) 竜也(たつや)という。

 名前だけでも暑苦しいのだが、内面も相応で、一言で表すなら熱血漢。

 

 こいつも前述の乱闘騒ぎに関わっているのだが、そのせいでやけに懐かれてしまっていて、ことあるごとに俺のことを心の友だと言ってくるのである。


「ハハハ、青春真っ盛りの夏休みだ。何か赤裸々な思い出もあるだろう? ボクに遠慮なく吐露するといい!」


 豪炎寺は「さあ、さあ!」と、しつこいほど煽り立ててくる。


 ちらりと周囲を窺えば、俺だけでなく、豪炎寺にも疎ましげな視線が向けられていた。

 有体に言えば、「どっか行かないかな、あの二人」みたいな雰囲気の。


 ……まあ、こいつは決して悪い奴ではないのだ。

 俺と付き合うことで、外聞が悪くなろうが嫌な顔一つしないのだし。


 ただ、絶望的に空気が読めないというのが難点なのであって……。


「いや、お前に語るほどのことはないぞ?」

「そうかな? 聞いているぞ。仁田君は海外に行ってきたんだろう?」

「……誰から聞いたんだ、それ」


 適当に誤魔化すつもりでいれば、予想外の台詞が飛び出してきた。

 自然と食いついてしまえば、豪炎寺は胸を張って、やけに嬉しそうに返事をする。


「君のお母上からだ。つい先日、スーパーに行ったら偶然お会いしてな。折角なのでお話をしてみたら、快く教えてくれたというわけだ!」

「なるほどな……」


 どうやら、母さんとしては根回しのつもりらしい。


 果たして、人選として正しいのか、はなはだ疑問が残るものの……。

 言い訳を考える時間はそれほど必要なかった。


 教室内に鳴り響くのは、学生生活でおなじみのチャイムの鐘の音。


 見計らったかのように担任である教師が入ってきて、豪炎寺による追及は否応なしに打ち切られたのだった。





 こうして始業式直前のホームルームが始まるのだが、担任の説教がてらの小話は早々に終わりを告げた。

 何故なら、男子生徒の一人が途中で遮ったからだ。


「センセー! このクラスに転校生が来るって本当ですかー?」

「……良く知ってるな、暁。ああ。その通りだ」


 鷹揚に担任が首肯すると、クラス中が俄かにざわつき始める。


 男子なのか女子なのか。

 運動が得意なやつなら、うちの部活に入ってくれないだろうか。


 ひそひそとした囁きが、あたりから聞こえてきていた。


「じゃあ、入ってきてくれ」


 それを宥めようとはせずに、担任は手をパンパンと。

 ホームルームだし、この程度なら目を零そうということなんだろう。


 すると、ゆっくりと扉が開けられる。


 入ってくるのは、俺にとっては見慣れている銀髪の少女。


 だが、その瞬間――。

 教室は、水を打ったように静まり返っていた。





「――ミコト・アーディガンといいます。みなさん、よろしくお願いします」


 堂々と壇上に上がり、名前をカツカツとカタカナで黒板に刻み付けると、あいつは踊る様に反転し、フフッと全体に向けて微笑んだ。


 よく通る、ソプラノボイス。

 その瞬間、クラス全体が息を飲む。


 この学校の指定の夏服は、白いカッターシャツに紺色のスカートという、所謂オーソドックスなタイプである。

 首元の赤ネクタイを除けば殆ど装飾のない、悪く言えば地味な服装。


 だが、光理のような人間が身に纏えばどうだろう。


 薄手のシャツに彩られ、透き通るような色白な肌が艶めかしい。


 その上、遠くからでも目を引く様な銀髪だ。

 窓から風が吹くたび、さらさらと靡くそれは光を反射して輝いて。


 文字通り、人並み外れた美しさ。

 多分、ここにいる全員が――それこそ、男女関係なく――、俺が公園で光理を一目見たときのような錯覚に襲われている。

 その証拠として、光理の一挙一動に俺以外の誰もが注目しているのだとありありとわかった。


「……こほん。アーディガンさんは見てのとおり、海外の出身でな。留学として、この学校に通うことが決まったんだ。誰か、質問があるものはいるか?」


 ……その中で、一番最初に我に返ったのは大人である担任だった。

 小さく咳払いをして、生徒たちに声をかけて促してくる。


 それを受け、一人の男子がパッと手を挙げた。

 ついさっき、担任の話を遮った生徒だ。


「ええっと、質問なんですけど……。アーディガンさんは家族と一緒に日本に来たの……いや、来たんですか?」


 直前の、担任相手の物おじのなさは何処へ行ったのか。

 もじもじしながら、光理へと質問が飛ぶ。


「あ、いいよ、みんな『アーディガン』じゃなくて『ミコト』って呼んでくれて。その方が僕は慣れてるし。で、質問に答えると、家族とじゃなくて日本には一人で来ました」

「ってことは一人暮らしなの?」


 今度は女子から。

 幸い、先陣を切った男子のおかげで緊張の糸が解れてきたらしい。

 誰もが興味津々という様子だった。


「そういうわけじゃなく、別の人のお家にお世話になってます。ホームステイに近い形なのかな?」

「……アーディガンさんがいるのは、このクラスの仁田の家だ。この夏休みに海外に訪れて、その際に知り合いになったらしい」

「どういうこと……?」

「なんで仁田なんかの家に……」


 しかし、担任の補足を受け、クラスは再びざわざわと。


 ……さて。

 一応、説明しておくと、これらは全て母さんの考えた嘘八百である。


 二週間の外出禁止宣言。

 あれは単に勉強を終わらせるためだけじゃなく、俺が海外に行っていたというアリバイを作る目的もあったのだ。


 理由は二つ。


 片方は言うまでもなく、日本人の俺と外国人の『ミコト・アーディガン』――何の接点もない二人の関係性を説明するためだ。


 光理が俺の家で暮らしていることは、どうしたって隠すのは難しい。

 例えば、家に遊びに行きたいと言われただけで、すぐわかってしまうのだから。


 ならいっそ、最初からぶちまけてしまう方が何かとやりやすい。


 そして、もう片方。

 それには、俺の足の怪我が関わっていた。


 ……以前、母さんが言っていたように、俺の足はどれだけ医者に診てもらっても回復する見込みは全くなかった。

 診断書を提出した学校側は勿論、クラスメイトも知っている情報だ。


 だが、夏休みを経て、何の理由もなく治っていたらどうだろう?


 怪訝な目で見られるのはわかりきっているし、かといって、こちらも隠しておくには無理がある。

 何より、それでは体育の授業に参加できず、光理がこの世界に戻ってきてまで回復魔法を使ってくれた意味がなくなってしまう。


 ――だから、一芝居打つことにした。


 海外に凄腕の外科医がいて、日本では到底不可能な治療を受けさせてもらえると知った俺は、父さんと共にその国へと向かった。

 その外科医は偶然『ミコト・アーディガン』の親族で、手術をする代わりに、身寄りのない彼女の日本での面倒を見るという条件を突きつけてきた――。


 端的にいえば、こんなシナリオなのだった。


 ちなみに、アリバイはあくまで各種書類手続きのためであって、海外に行っていた時期を周囲へ明確に伝えるつもりはない。


 もしかしたら、モールで俺と光理が一緒にいたのを見ていた人間がいるかもしれないし。

 そもそも気にする人間はいないだろうが、そのあたりは可能な限りふんわりとボカしていく所存である。


「……ミコトさんと仁田君って、どういう関係なんですかぁ?」


 そんなことを考えていると、また新たな質問が飛ぶ。

 露骨なまでにゴシップを期待した雰囲気の女子からだった。


 ……その質問に関しては、事前に俺から光理に言い聞かせている。


『仁田家に住んでいるのは、別に俺個人と仲がいいわけではなく、他に頼れる相手がいないからだ』


 と話すようにと。


 内面はどうあれ、傍から見れば、俺たちは何の繋がりもない年頃の異性なのだ。

 その上、一つ屋根とくれば邪推が向けられるのも当然のことで。


 光理まで、俺のように爪弾きにされてはたまらないと、打っておいた策だった。


 ――だというのに。


「ヨースケとは、何度も同じ部屋で夜を過ごした仲です! ねっ?」


 あいつはそれだけ言うと、こちらへとわざとらしく熱い視線を注ぎ、そして、はにかむようにウインク。

 その結果、クラスの空気は完全に凍り付いていた――。


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