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十五話 似合う衣服の選び方

 それから仕切り直しで、光理(みこと)の服を見ることになったのだが……。


「これはどうかな、ヨースケ?」


 この数十分で、そう尋ねられたのは何度目になるだろうか。


「……さあ?」

「むぅ、生返事ぃ……!」


 一方、俺は同じ数だけ似たような答え。

 あいつはそれが気に入らないようで、不満げに唇を尖らせると、シャッと勢いよく試着室のカーテンを閉めてしまう。


 ……今、俺の目の前で繰り広げられているのは、出演者がただ一人だけのファッションショーだ。

 観客もそれ相応で、俺一人がただぽつんといるだけ。


 本来なら、母さんもこの場にいるはずだった。

 だが、何やら電話がかかってきて、それきり席を外したまま帰ってこない。


 結果、サシでのやり取りを強いられているわけである。


「今度はこれだよ!」


 再び現れた光理の姿は、黒いタンクトップに夏の空を思わせる群青色のホットパンツ。

 上には薄めた水色のパーカーを羽織っていて、ボーイッシュさを殊更強調したコーディネートだった。


「……光理が気に入ったなら、いいんじゃないか?」

「もー! ちゃんと見てくれてもいいじゃん!」

「とは言われてもなあ……」


 そもそも、何故こっちに意見を求めるというのか。

 俺のファッションセンスに期待するなとは事前に告げていて、本人も納得していたはずなのに。


 母さんがいないから代替として扱っているのかもしれないが、それは無理難題だと、俺は声を大にして言いたかった。


「次、次!」

「まだ試着するのか……」


 また別の服を手に取る光理に、思わず辟易とした呟きが漏れる。


 以前にも何度か一緒に服を買いに行ったりはしたが、そのときの幼馴染は決まって即断即決。

 こんなに長引いたことは、一度たりともなかった気がするんだが。


 店内の洋服を全て試す気なんじゃないか。

 今回ばかりは、そんな疑いを抱くほどだった。


 ……前向きなのはありがたいが、付き合わされる側としては流石に心がしんどい。

 体力的に言えば、一日中、ビラを配っていたときの方が楽なぐらいだ。 


 そう思っていたところに、天の助けが現れる。


「あら、苦戦してるみたいね?」

「……母さん、ようやく来てくれたのか」


 どうやら、用事は済んだらしい。

 俺は大まかに、先ほどまでの経緯を説明する。


 すると、母さんは


「なるほどね」


 としたり顔で頷いた。


「納得されても俺にはさっぱりわからないんだけど」

「そうね……。庸介、さっきからの光理君を見ていて、何か気づくことはない?」

「いや、別に」


 俺の返事を受け、呆れたように眉を顰める母さん。


 なんか落胆されている気はするが、本当にわからないのだから仕方がないだろう。


「なら、一からどんな格好だったか、思い返してみたら?」

「ええっと……」


 言われて記憶を辿るものの、思い出せる衣装はそう多くなかった。


 一番最初。

 そして、直近の数種類ぐらい。


 ……自己弁護しておくと、俺の記憶力が悪すぎるわけではない。

 あまりに数が多すぎて、覚えることを放棄していたというだけだ。


 それでも無理に読み取るとしたら、どの服装も統一性はてんでなく、雰囲気がバラバラだったというぐらいか。


 落ち着いた色合いのチュニックだったり。

 一転して、鮮やかなフリルがついた、若干暑苦しそうなゴスロリだったり。


 まるで、何かを模索するかのように、光理は色々な服を試着していたのだった。


「……そうね。庸介、次に光理君が出てきたとき、素直に思ったことを伝えて見たら?」

「それって、どういう……?」


 意味を測り兼ねるのだが、生憎とそれ以上問いかける時間は与えられなかった。

 いつの間にか衣擦れの音は止んでいて、光理の着替えが終わっていたからだ。


「じゃあ、これはどお!?」


 とりあえず、無意識に振り返って――


「げほっ、ごほっ……!」


 試着室から出てきたあいつに、盛大に噎せ返る。


 光理が着ていたのは、超ミニのプリーツスカートに驚くほど面積の少ないチューブトップ。

 染み一つない白磁の肌が、惜しげもなく晒されていた。


 いや、確かにこのモール内でも、そんな恰好の女の子を見かけることはあるが。

 少し動くだけで色々まろびでてしまいそうで、目のやり場に、困る。


「その服だけは絶対にアウトだ。やめとけ、俺が許さん」


 そんな姿で外を歩けば見知らぬやつらの視線も向けられるわけで、俺は必死に否定するのだが、光理はキョトンとするだけだった。


「……なんか、ヨースケ、お父さんみたいだね」

「……いいから! 早く着替えてこい!」

「むぅ、じゃあそれ以外の服はどうなのさー」


 目を反らせば、途端に気をよくして光理がうりうりと肘で腹を突いてくる。


 ……その瞬間、俺の頭を過ったのは、さっきの母さんのアドバイス。


 素直に、か。


「……どれも光理には似合ってたと思うぞ。多分、素材がいいからだろうが」


 何故なら、今の光理は、見た目だけならとびきりの美少女で。

 素材が全てを引き立たせてしまい、どんな服装でも自然と着こなせてしまうのだ。


 だからこそ、特にコメントのしようがないのも事実。

 他の問題がない限り、好きにすればいいとしか言いようがなかった。


「なら、その中で一番、ヨースケが気に入ったのは?」

「それは……一番最初のやつだな」


 ――この店に入るなり光理が選んだ服装。


 それは、薄いブラウンのワンピースだった。

 セーラー服に似た紺色の襟がついていて、胸元辺りには白いたんぽぽの刺繍があしらわれている。


 スカートの丈は膝のあたりまで。

 色合いが暗めだからか、輝く銀の髪と、すらりと覗く真っ白な足が妙に目を引いた記憶がある。


「……そっか。ヨースケは、ああいうのが好きなんだ」

「……ま、まあな」


 言われるように、俺はシックな雰囲気の方が好みなのだが……。


「えへへへ……」


 途端蕩けるような笑みになる光理に、なんとなく気恥ずかしくなって、頬をぽりぽり。


 ……別に、着るのは光理なんだから、俺の意見なんて無視していいと思うんだが。


 しかし、そう口にするよりも早く


「ヨーコさん! 僕、これが欲しいなっ」


 と、俺が言ったワンピースを提示する。


「そうね、じゃあ、それにしましょっか」

「わーい、ありがとう、ヨーコさん!」


 とんとん拍子に決まってしまえば、異論を挟む余地などない。


 これでようやく光理の服選びも終わりか。

 釈然としないものを感じつつも、肩の荷が下りたと、俺はほっと胸をなで下ろすのだが――


「……何言ってるの、庸介。まだ一着を選んだだけなんだから、これ以外にも普段着なんかも選ばなくちゃ。さあ、腕が鳴るわね!」

「か、勘弁してくれ……」


 母さんの本領発揮はこれからのようで、死んだ目でそう呟くことしかできなかった。

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