十四話 ちょっとしたワガママの叶え方
電話で呼び出され、二人と合流したのは一時間ほど経ってから。
場所はモール内にあるフードコートだ。
夏休みということで一際ごった返してはいる。
だが、銀の髪が目立つので、見つけるのにそう苦労はかからなかった。
「ふふふーん!」
「……えらくご機嫌だな、光理」
スキップで駆け寄ってくるあいつに、つい問いかける。
すると、あいつは声も潜めずに
「中々、えっちぃ下着が買えたからね! ……見たい?」
と。
「……公衆の面前で、そういうことを言うんじゃない」
……何を言ってるんだ、こいつは。
そんな想いを込めて、頭をゴツンと叩く。
可哀そうなことに真に受けたのか、すぐ近くでうどんを食べていたサラリーマンの男性が酷く咽こんでいた。
「あはは、冗談なのに。まあ、どうしてもっていうなら、吝かでもないけど」
再会した光理は、さっき以上にテンションが高い気がする。
もしかしたら、女性下着売り場の洗礼は強烈で、ちょっとやけになっているのかもしれなかった。
「はぁ……。兎に角、約束を果たしてやるから、さっさと買いに行くぞ」
「わーい、パフェだ、パフェ!」
さて。
俺が先ほど――泣き真似に騙されて――光理とした約束。
何かといえば単純で、フードコートでスイーツを奢るというものだった。
もっとも、ただのスイーツではない。
通常のそれと比べ、おおよそ五倍ほどのサイズだという、夏休み限定の特別商品。
聞いただけで胸焼けがしそうだが、当然値段も相応で。
光理はそれを、人の金で食べようというのである。
「今度こそ、リベンジを果たしてやるからね……!」
ちなみに、こいつがこのパフェを頼むのはこれが初めてじゃない。
デカさは浪漫だとか言っては、数年に一度小遣いを貯めて挑戦し、そして敗れ続けている。
確か、二年前の記録は半分ほど食べたあたりでギブアップ。
正直、それもあって、本当に食べられるのか、俺は半信半疑でしかなかった。
「ちっちっちっ、わかってないなぁ、ヨースケは。あのときの僕は男の子だった。でも、こういうのって、女の子の方が甘味に強いのがお約束だから。食べ切れるに決まってるよ!」
「……そうなのか?」
「さあ。私にはわからないわね……?」
やけに自信満々なので、つい母さんに訊いてしまう。
しかし、困ったように首を傾げるだけだ。
性別ごとの身体の違いなんて、比較できる人間の方が珍しい。
個人の嗜好もあるし、断言は誰にも出来ないに違いない。
「私も一個、頼んじゃおうかな。ね、庸介」
「息子にたかるのは止めてくれよ……」
まあ、この口ぶりからわかるように、実際、母さんはぺろりと食べてしまうのだが……。
◆
フードコートの席についてみれば、様々な料理の香ばしい匂いが立ち込めていて、自然と小腹が空いてくる。
そういえば、俺は光理と違って、朝食を随分早くに食べている。
その上で、以降は何も口にしていない。
むしろ、良く持った方だと言えるのかもしれない。
「俺もラーメンかなんか買ってくるかな」
「……ヨースケ一人で大丈夫?」
「ああ。光理じゃないが、前とは違うからな。一々ついてこなくても問題ないぞ」
光理が心配しているのは、この人ごみの中、一人でラーメンを運べるのかという点だろう。
以前の俺は足に怪我を負っていたこともあって、少しぶつかられただけで大きくバランスを崩してしまった。
だから、こういうときは一緒にいた人間――往々にして光理だ――に頼んで、取ってきてもらうのが定番だったのだ。
とはいえ、それは過去の話。
わざわざ手伝ってもらう必要なんて、今の俺にはありはしなかった。
「それに、パフェはどうするんだよ。アイスとか溶けたら美味しくないだろ」
「う……確かに」
二人の前にずどんと鎮座する、巨大な二対のそれ。
溢れんばかりにふんだんに使われたイチゴやメロンには、これまた大量のバニラアイスが乗っていて、溶けきる前に食べられるか不安になるほどだ。
折角、金を出したんだから、どうせなら美味しく味わってもらいたい。
それが人情というものだった。
「じゃあ、私たちはここで食べながら待ってるわ。今の光理君だと、一人にしておくと男の子に絡まれちゃいそうだもの」
「大丈夫だよ、変な奴が来ても一発ぶちかますから! もし、ヨーコさん目当てでも僕が守ってあげる!」
「あら、光理くんったら」
……母さんは冗談だと思ってくすくすと笑うが、多分、光理は本気だ。
俺よりも幾分強い腕力に、威力は計り知れないが、魔法までも兼ね備えている。
絡んでくる相手が心配になる過剰戦力。
それが今の光理だった。
しかし、二人一緒なら声をかけてくる相手も少ないだろう。
俺はそう結論付けると、
「もし、何かあっても、あんまり無茶はするなよ?」
と釘を刺して、三人掛けのテーブルを後にした。
◆
……一番安価なラーメンをオーダーしたのはいいんだが、頼んですぐに出てくるわけもなく。
俺は薄くなった財布を手に、カウンターの前をぶらぶらと手持無沙汰にしていた。
すると目に入ったのは、見覚えのある眼鏡の少女――。
「小清水も来てたのか」
昨日のお返しとばかりに背後から声をかければ、彼女はびくりと跳ねあがる。
しかし、振り返るときにはあくまで冷静な面持ちになっていて、人差し指で眼鏡をクイッとしてから口を開く。
「……まさか、二日連続で会うだなんて奇遇ね。どうしたの? 一人?」
「いや家族と一緒。そっちは?」
「部活のマネージャー仲間とね。ちょっとした買い出しも兼ねてってところかしら」
「なるほど」
……下手をすれば、鉢合わせしていたかもしれない。
光理に同行せず正解だったと頷いていると、今度は小清水が俺に問いかける番だった。
「今日は人探しはしてないの?」
「……あー、まあ、流石に毎日っていうわけにもいかないからな」
見つかったはいいけど別人になってました――なんて馬鹿正直に話すわけにもいかず、俺は適当に言葉を濁す。
もっとも、鋭い視線の前ではすぐにボロが出てしまいそうで、強引に話題を変えることにした。
「そういや、その格好って」
昨日会ったときは部活帰りだったのか、彼女は制服だった。
しかし、今回は違う。
純白のノースリーブに、紺色のロングスカート。
そこまで仲が良くないこともあって、見るのは当然初めてだ。
「……何か問題でもある?」
「いや、なんとなく新鮮だなと思って。似合ってると思うぞ」
お世辞というわけではない。
決してかざりっけが多くはないものの、清廉な雰囲気の彼女に良く調和しているし、とても女の子らしいと思った。
だから、素直に褒めたつもりだったんだが、小清水は
「……そう」
とだけ。
「他の子を待たせているし、ここで失礼するわね」
仏頂面で言い残すと、すたすたと立ち去ってしまう。
「……何か、気に障ること言ったかな」
少し気にはなったものの、カウンターにはラーメンが出来上がっていた。
伸びてしまってもいけないので、それを手に席へと戻ると、座るよりも早く光理が口を開く。
「……誰、あの人?」
「ん? 見てたのか。小清水っていうクラスメイトだ」
「仲いいんだ……?」
「いや、そういうわけではないけど……。一見きつそうだけど、話してみると面倒見のいい女の子だよ」
「むむむむぅ……!」
俺の答えを受け、何やら光理はしかめっ面でひたすらパフェを頬張っていく。
恐ろしいスピードでクリームの塊は消えていくのだが……。
生憎と俺の願望叶わず、その表情はあまり美味しそうではなかった。