十三話 とある無茶振りの断り方
俺たち三人が向かったのは、隣町にあるショッピングモール。
とりあえず入用なものが一通り揃う、この辺りでは数少ない若者向けの遊び場だった。
その駐車場で車から降りるなり、俺は光理へと問いかけた。
「……カンカン照りだけど、本当に大丈夫なのか?」
家を出たのが遅いこともあって、太陽はちょうど真上に座している。
真夏に相応しい――というには暑すぎな天気で、立っているだけでも汗がだらだらと噴き出るほどだった。
勿論、熱を貯めこみやすいコンクリの上なのもあるだろう。
だが、吸血鬼というのは往々にして日の光に弱いはずで。
今の光理が耐えられるのか、ついつい不安になってしまう。
すると、車の窓から手だけを出して光理。
「……うん、これぐらいなら問題ないかな。日焼け止めが効いてるみたい」
「なら、いいんだが」
「庸介から聞いてはいたけど、光理君も大変ね。アルビノに近い色白だからかしら?」
「ふっ……罪深いほどの美貌が辛い……」
アホなことを言っているのは兎も角。
――日焼け止め。
それは、『吸血鬼なのに真昼に出歩けるのか』という俺の問いに対する、光理なりの答えだった。
もっとも、便宜上の名前であって、実際の日焼け止めとは全くの別物。
光の魔力を全身に薄く纏わせ太陽光を相殺する、いわばバリアーのようなものらしい。
ちなみにこれが出来るのは、どれだけ吸血鬼がいようと光理ただ一人だけ。
かつては光の魔力を身に宿し、扱いにも長けていた勇者だからこその離れ業なのだとか。
「でも、消費が激しいからヨースケには迷惑をかけちゃうかも」
うんしょ。
そんな掛け声とともに車から降りると、俺の傍にとてとてと寄ってきて、小声で光理が言う。
あいつは昨晩同様にぶかぶかなジャージ姿だが、たなびく銀髪はポニーテールの形でまとめている。
一見は、異国からやってきたスポーツ少女に見える出で立ち。
これなら、服を買いに行く服がないという事態でも、それほど悪目立ちはしないだろうという母さんの策だった。
「気にするなよ。約束しただろ?」
「さっすが、ヨースケ! 太っ腹!」
まあ、俺としてはお安い御用だ。
日中、ずっと光理が引き籠っていなければならないよりは、今のように自由に活動できる方がいいに決まっているのだから。
「……でも、首筋は駄目だからな」
「ちぇー……」
「何しているの、二人とも。早く行きましょう?」
そんな話をしていると、手でぱたぱたと団扇を作っていた母さんに呼び掛けられる。
……確かに、わざわざこんな地獄のようなところで長話する必要もないだろう。
俺たちは揃って頷き、駐車場を後にした。
◆
モール内に入ってみれば、人通りは多いものの、空調はひんやり爽やか。
おかげで、すっと汗が引いていく。
まるで極楽浄土のような居心地……なのはいいのだが。
「まずは、光理君の下着から見に行きましょうか。服を試着するにも、ないと不便だもの」
「……じゃあ、俺はその間、適当に本屋でも行って時間を潰してるから。終わったら呼んでくれよ」
母さんの言葉を聞くなり、俺はその場を離脱しようとした。
しかし、むんずと腕を掴まれ動けなくなる。
「ど、どうした?」
光理だった。
縋りつくように、くりくりとしたルビーの瞳で訴えてくる。
「庸介も、いこ?」
「いやいやいや。そこは流石に二人で行けよ! 絶対に無理だ!」
すると、あいつの俺を見る目が一転して変わる。
じと目である。
あたかも、俺が非道な裏切り者であるかのように、恨みがましく、じーっと睨み付けてくる。
「一緒に来て、見守ってくれるって言ったのに……!」
「それは服の話だろ! レベルが違いすぎる!」
女性向け下着売り場。
それは健全な男子学生にとって、色々とアレな空間だ。
近くを通っても、なんとなく目を背けてしまう。
いや、別に中身が入っているわけではないのだから、まじまじと見つめても道義的には問題はないんだろうが……。
うん。
アレ。
そうとしか言いようがないぐらい、アレ。
気恥ずかしさのあまり、語彙力が皆無になってしまうほど、アレなのである。
そんな場所で、一体何を見守れというのか。
むしろ、クラスの女子と鉢合わせした場合とか、あってないようなものではあるが、俺の社会的地位を守ってほしい。
流石に無茶振り過ぎて、人目を憚らず叫んでしまうほどだった。
「僕だって恥ずかしいのにぃ……」
すると、ちょっと泣きそうになりながら光理。
傍から見れば、無垢な少女を苛め倒しているような光景だ。
……まあ、散々並べ立てた事柄は同じ男の光理にも当てはまっていて、その気持ちはわからなくもないんだが。
だとしても、今のあいつは、見た目だけは少女なのだ。
少なくとも俺とは違い、奇異の目を向けられることはないはずだった。
「本当に勘弁してくれ……。この埋め合わせは何でもするから」
とはいえ、不義理を働いたのも事実なので頭を下げれば、
「あ、そう? なんでもするっていうなら許すけどさ」
途端光理はケロッとした表情で。
さっきの涙目はなんだったのか。
……騙された。
気づくのはあまりに遅すぎて――。
結局、俺が解放されたのは突きつけられた条件をこくりと飲み込んでからのことだった。