九話 滾る血液の吸われ方
「じゃあ早速……!」
余程飢えていたらしい。
ドアをぱたんと閉めた途端、光理は犬歯――というよりは牙か――を剥き出しにするのだが、俺は手で『待った』をかける。
「すまん。血を吸う前に確認しておきたいことがあるんだが、少しいいか?」
「……何?」
返答は、この姿になってからのソプラノより低音で。
目が座っていて、少し、怖い。
まあ、念願のブツを前にお預けにされたのだ。
当然の反応なのだろう。
とはいえ、こちらも怯えているわけにもいかないので、毅然として疑問をぶつけることにする。
「いや、お前に血を吸われた場合、俺も吸血鬼になるんじゃないかと気になってな」
往々にして、こういうのは吸血鬼同士では血を吸えないのがお約束。
実際、先ほど光理は、『吸血鬼は体内で魔力を生成できない』と言っていたし。
だとしたら、このやり取りは最初の一回で破綻するんじゃないだろうか。
今更ではあるが、俺はその問題に気が付いたのである。
しかし、光理といえば、『なんだそんなことか』とばかりに肩を竦めるだけ。
「それなら問題ないよ。だって、普通に血を吸うだけじゃ吸血鬼にならないもん。イメージとしては、魔力を吸うだけじゃなく送り込んで、手間暇かけてじっくりじわじわ改変する……みたいな?」
「そうなのか?」
「考えてもみてよ。じゃなきゃ、世界中に吸血鬼が増えすぎて飢え死にしちゃうでしょ」
……なるほど。
もし、血を吸われて確実に吸血鬼になるのであれば、ネズミ算で数が増加する。
逆に人間は減り続ける一方だ。
食物連鎖として考えて、これほどバランスが悪いケースもないだろう。
すっと腑に落ちて、俺はこくりと頷いた。
「まあ、眷属にしても血を吸う方法もあるけど……。僕は無理やりにヨースケを『血奴隷』にするつもりはないし、安心していいよ」
だが、最後の単語は耳慣れないもので、ついそちらの方に意識がいってしまう。
「『血奴隷』……?」
――サーヴァント。
確か、英語で召使とかそんなだったはず。
光理の雰囲気からして、吸血鬼に置いては別の意味合いがあるらしく、正直、かなり気にはなるのだが――
「がるる……」
質問をかき消すように光理が唸りを上げる。
……質問は一つだけという約束だし、これ以上待たせるのも酷な話か。
なんか、空腹の余り、吸血鬼というより狼男――男でいいのか? ――みたいに野生化してしまっているし。
「問題ないってことでいいんだな。……待たせたな」
なので、俺はベッドに腰掛けると、左腕をずいと差し出して目を瞑る。
イメージとしては、採血で注射針を待つのに似ているか。
逃げも隠れもしない。
ささ、ぐぐっと行け。
ちょっとした開き直りも含めた、そんな心持である。
「……?」
しかし、決意に反して、いつまで経っても痛みは襲ってこない。
暗闇の中、身じろぎと衣擦れの音がするだけだ。
……まさか、もう噛みつかれてるんだろうか?
蚊は、針を突き刺したとき痛覚を麻痺させるというし。
比べるのも失礼な話かもしれないが、吸血鬼も似たようなものなのかもしれない。
どうにも所在なさげで、恐る恐る目を開ける。
すると、眼前に押し迫る様にして、ピンク色の薄布が。
「は……?」
……確認するまでもなく理解する。
光理の着ているパジャマだった。
勿論服だけじゃない。
きちんと中身も入っていて……。
そのまま、押し倒されるような体制になる。
ボタンが緩められた胸元から覗くのは、火照った肌の、真っ白な膨らみ。
角度的に、色の異なる先端までも見えてしまいそうで、相手が光理だとわかっていても、心臓がドキリと跳ねた。
「な、何をするつもりだ……?」
目を背けながら問いかけるものの、光理は答えない。
二人分の体重がかけられ、ベッドのスプリングがギシギシと音を立てるだけだ。
奇しくも、公園の一幕と同じような状態。
違うのは、俺の背中へとすらりとした手が回されたことか。
いつの間にか、抱きしめられる形になってしまっていた。
「お、おい。答えろよ……!」
あまりに無警戒なこともあり、詰問は厳しめに。
もっとも、声が上ずっているのは隠しようもなくて、我ながら何とも情けない状況だった。
……風呂上りだからだろうか。
ほんのりとした温もりを帯びた身体と、どうしようもなく心を掻き乱す甘い芳香。
そして、衣服越しでも伝わってくる柔らかな感触――。
無理に離れたくない。
そんな思考に溺れそうになるぐらい、気持ちよかった。
「う、うわっ」
……迷いで隙を見せたのがいけなかった。
間隙を突くように、光理は首筋をぺろり。
熱を持ったその一舐めは完全に不意打ちで、へなへなと腰が抜け、抵抗しようという気力が一撃で持って行かれてしまう。
「くっくっく……」
耳元で囁かれるのは、なんというか悪役染みた笑い声。
それも、無抵抗な相手をいたぶるのが大好きなタイプの。
「いっただっきまーす!」
結局、押し切られるまま、首筋に牙が突き立てられ――。




