プロローグ、消えた親友の探し方
「この写真の学生に心当たりはありませんか?」
帰宅ラッシュの影響か、混雑し始めた夕方の駅前にて。
俺は、ビラを手にしながら、喧騒に負けじと声を張り上げていた。
もっとも、結果は芳しくない。
誰もが一瞥しただけで首を振り、ビラを受け取りすらせずに歩き去ってしまう。
それでも続けていると、背後から声をかけられた。
「あなた、こんなところで何しているの? 夏休みといえど、校則でバイトは禁止されてるはずなんだけど」
ギクリ。
毅然とした口調に、心臓が飛び出そうになりながらも慌てて振り返る。
すると、そこにいたのは、長い黒髪をおさげのように後ろで一まとめにした少女だった。
「……なんだ、委員長か」
……まさか、クラスメイトだとは思わなかった。
てっきり、補導か何かかと。
何故なら、この辺りの高校は、何処も一律でアルバイトを禁止しているのだ。
夜遅くまでビラ配りをしていて、巡回中の警官に呼び止められたことは一度や二度じゃない。
しかし、今回ばかりは違うらしく、安心して胸をなで下ろす。
「なんだとはご挨拶ね、庸介君。そもそも、私は委員長なんて名前じゃないんだけど」
そんな俺を見て、少女は眼鏡をクイッと上げ、眼光鋭く。
「わ、悪い。クラスのみんな、委員長って呼んでるから。ええと、小清水さん……だったか」
「……別に『さん』はなくていいわ。とにかく、さっきも言ったけど、バイトは禁止のはず。もしバレたら、また停学処分にされてもおかしくないわよ?」
「あー、それなら何の問題もない。バイトじゃないし、ただの人探しだからな。きちんと学校側に話は通してる」
「……人探し?」
「ああ」
小首を傾げる小清水に、俺はチラシを差し出した。
それには一枚の写真がプリントアウトされている。
まだあどけなさの残る少年が、人好きのする笑顔を向けている写真だ。
「誰?」
「日野 光理って言うんだが……聞いたことないか?」
「……どこかで聞いたことある名前ね」
どうやら、何か引っかかるものがあったらしい。
長い指を口元に当て、少しの間、黙り込む。
「……思い出したわ。一年ぐらい前、行方不明になった子じゃなかったかしら。私の中学校でも一時期話題になったもの。一人で登下校しないよう、気を付けなさい……って。――もしかして?」
はっとした様子の少女に、こくり。
そして、可能な限り感情を表に出さないようにして、俺は口を開いた。
「……幼馴染なんだよ。中三のとき、いきなりいなくなって――。それから、ずっと探してる。もっとも、悪戯ばかりで、まともに情報が来たことなんてないけどな」
「……ごめんなさい、知らずに文句つけたりなんかして」
「いや、俺も周りに話したりはしていないし……。知らないのも無理はないと思う」
『気にしなくていい』とは伝えたものの、責任感の強い彼女にとってはそうもいかないらしい。
チラシを手にしたまま、地面へと視線をやってしまう。
互いに沈黙。
とはいえ、それも長くは続かない。
走っている小柄な女性に後ろからぶつかられ、俺が大きくバランスを崩しそうになったからだ。
「うわっと! ……人ごみで話し込むもんじゃないな。通行の邪魔になるだろうし」
「……ごめんなさい、引き留めちゃって」
「いや。ずっと根詰めてたからかな。喋ったら少し楽になった。ありがとう、委員――じゃなくて、小清水」
「そう言ってもらえるならいいけど……」
しゅんと萎んでしまっていた小清水だが、ありがたいことに気持ちが上を向いたらしく、軽く微笑んだ。
「じゃあ、また二学期に」
そうして、俺は立ち去ろうとするのだが。
「……ちょっと待ってくれない?」
「え?」
背後からぼそりと聞こえてきて、思わず振り向いた。
「……ええと、次に人探しするときは私にも声をかけてくれない?」
「別にいいけど、どうしてだ?」
「協力したい、って言ったら駄目かしら。その足じゃ、何かあったとき不便でしょうし……」
小清水の視線は左足へと注がれていて、さすがの俺も意図を察する事ができた。
……俺は昔から左足が不自由なのだ。
歩く程度なら問題ないのだが、走ったり跳ねたりは出来ない。
それどころか、あまり長時間だと、立っているだけで痛みが襲ってくる。
さっき体格で劣る女性相手に当たり負けしたのも、実を言えばそれが原因だった。
事前に心構えが出来ていれば兎も角、不意を突かれれば簡単にやられてしまう。
もっとも、彼女が特別俺の事情に詳しいわけでなく、クラスメイトなら殆どが知っている話。
俺は入学当初から常に体育の授業を見学していて、その際に
『小さいころドジったせいで、上手く動かないんだ』
と説明したからだ。
「……そう、あくまで心配だからよ。変な勘違いはしないように」
少し頬が赤いものの、小清水は真剣な表情で、冗談という風ではない。
間違いなくありがたい申し出で、こちらが断る理由はないだろう。
「わかった。じゃあ、次は絶対に連絡する。ありがとうな、小清水」
「一度聞いた以上、乗りかかった船だから気にしないで。でも、だからといって学生の本分は忘れないように。ちゃんと宿題もしてるんでしょうね?」
連絡先を交換し、軽く会釈をしながら別れを告げれば、息をするように小言が一つ飛ぶ。
……やっぱり、委員長気質だ。
そんなあだ名を付けられるのも頷ける。
俺は苦笑を浮かべると、今度こそ小清水に背を向け、人ごみの中をゆっくりと歩き始める。
――彼女に説明したことで鮮明に呼び起こされた、一年前の記憶を辿りながら。