その女、オタクにつき
その女性は大学生だろうか。
やはり大人びて見えるので同い年ではないと思う。
彼女は俺の顔を覗きこんだ。
「君、どこかで会ったことある?」
勘違いじゃないのだろうか。
俺には年上の知り合いなんていた覚えがない。
ましてやこんな綺麗な人は忘れようもないだろう。
「すみません、俺は覚えてないです。人違いじゃないですか?」
正直に答えると、テーブルの下で神田が蹴ってきた。
バカ正直に答えないでコネクションを築いとけ、とでも言いたいのか?
知るか、自分でやれ。
「いや、でも絶対どこかで……あっ! 思い出した、第百七十七回チキチキアダルトゲーム品評会のときの男の子!」
「ぶふうぅっ!」
「うわっ、ノミヤ汚え! 俺に咀嚼物をかけんな!」
「あ、なんかこのシーンってデジャヴ」
この人公衆の面前で何言ってんの?
びっくりして口の中のクレープを噴き出してしまった。
なにやら神田が文句を言っているが、それに関しては放っておこう。
そんなことよりも、まさかこの綺麗なお姉さんが人前でアダルトゲームとか口にするとは……ん?
「……もしかしてミサキさん?」
「久しぶりね、サウザンドオータム(兄)」
「だから人のことをどこぞのソシャゲみたいに呼ぶのをやめろ!」
そうか、思い出した。
彼女はミサキさん。前に千秋がと行ったオフ会、第百七十七回チキチキアダルトゲーム品評会に出席していたメンバーの一人だ。
あれ? 百六十七回じゃなかったっけ?
「俺は一宮夏彦です。なんて呼んでもらっても構いません」
あ、千秋のことも考えたら名字を教えるのはよくなかったかな?
ま、女の人だし気にすることでもないか。
「じゃあ夏彦くんだ。改めてよろしく、夏彦くん」
「あ、はい」
ミサキさんがまた微笑む。
やはり美人だ。
「何が女子大生の知り合いはいないだ! ノミヤの嘘つき! こんな綺麗なお姉さんなら紹介してくれてもいいじゃないか!」
「あら、綺麗だなんてお世辞が上手ね」
神田が喚いてる。面倒くせえ。
「お世辞だなんてとんでもない! 嘘偽りない本心です。よければあなたのお名前をお聞きしても?」
「ふふ、嬉しいこと言ってくれるじゃない。名前くらいお安い御用よ。私は此左間大学二年の諸岡実咲。趣味はアニメ、漫画、ゲーム、その他諸々のサブカルチャーよ! よろしくね!」
ミサキさんは神田に握手を求め、繋がれた手をぶんぶん振り回した。
「そんな堂々と……恥ずかしくないんですか」
ひどい自己紹介にも関わらずミサキさんは威風堂々した態度だったので、俺のツッコミも気が抜けたものとなってしまう。
あんなオフ会に出席していたのだからオタク系なのは理解しているが、自信満々に主張する趣味じゃないでしょ。
「あら、恥ずかしい と思うものを趣味になんてしないわよ 。それにこの大学には私の趣味に理解を示す残念な学生たちが多いから問題ないわ」
残念って言ってるじゃないっすか。
やっぱ恥だと思ってるだろあんた。
いやしかし、俺はどうしてミサキさんのことを気がつかなかったんだろうか。
おぼろげな記憶を呼び起こして考えてみる。
あのとき、ミサキさんはメイド服を着ていたのでコスプレイヤーとして印象が強かったのだろう。
たかが服でここまで印象が変わるとは……メイド服もよかったけど。
「今日はメイド服じゃないんですね」
「はっ!? ノミヤ、貴様はもうそこまで進んでいるのか! ご主人様プレイなのか! この女ったらしめ!」
「神田、うるさい」
本人の前で下品なこと言うなよ。
「あはは……。神田くん……だっけ? メイド服はバイト先の制服だよ。夏彦くんとはそんな関係じゃないから」
バイトの制服で遊んでたの?
かなり問題ありでしょ、それ。
「はい、神田信行です。早とちりでしたか、すみません」
神田はミサキへと名乗り、誤解に関してすぐに謝った。
ところで俺への謝罪はまだですか?
いわれのない謗りを受けたのですが。
話は戻り、ミサキさんのことに気がつかなかった理由は服装だけじゃない。
俺の勘が正しければ、化粧が違うな。
アキバで会ったときはかわいい系だったが、今は綺麗系の化粧をしている。
化粧一つで幼く見えたあの顔立ちが、こうも大人びた女性に変貌するとは舌を巻いてしまう。
そのことをそれとなく伝えると、ミサキさんは誇らしげな顔をした。
「やっぱわかっちゃう? 今日は一大イベントだから気合い入れてきたんだけど、男の子から細かい変化に気づいてもらえると女冥利に尽きるわ」
いや、細かくないでしょ。
知らない人かと思ったくらいには顔が変わってるんですけど。
化粧って詐欺だわ。つくづくそう思う。




