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秋は恋の季節

二学期!

 二学期が始まった。


 夏休みの間は昼まで寝ていたこともままあったというのに、人間というのは不思議なもので節目には切り替えができるようになっているらしい。

 一学期の頃の癖で早起きした俺は、いつものように学校の武道場へと向かっていた。


 たぶん、早月はいないんじゃないかと思う。

 あいつは今年のインターハイに全力を注いでいたのだから、それが終わった今こんな朝早くから頑張る理由もないはずだ。

 ましてや二学期初日に一人で朝練なんて俺なら絶対やりたくない。

 まさか、この扉を開けたら今日も早月がいるなんてことはないだろう。


「あ、先輩。おはようございます」


 そのまさかだった。

 武道場の鍵が開いている時点で薄々予感はしていたのだが、早月は今日もばっちり道着姿で素振りに精を出していた。


「よう。学校始まったばかりだっていうのに元気なやつだな」

「先輩こそ、毎朝のように私のこと覗きに来てストーカーみたいです。それとも道着フェチ?」

「違うから」


 俺のことを特殊性癖持ち扱いするのハマってるの?

 うーん、でも剣道着は結構コスチュームとして萌えるかも。


「まずそのねっとりとした視線をどうにかしてから否定してください。説得力ゼロなんですけど」

「失礼な。俺はただ道着姿の女の子ってかわいいなと考えてただけだ」

「やっぱりフェチじゃないですか!」


 違うから。

 フェティシズムと萌えは別物だから。

 俺は服に欲情してるんじゃなく、かわいい服を着た女の子が好きなだけだ。

 ……話を戻そうか。


「インハイも終わったのになんで朝練してるんだ? 早月が努力家なのは知ってるが、今日くらい休んでもいいんじゃないか?」


 俺が最初の疑問をぶつけると、早月は神妙な顔になった。

 喜びと悲しみをない混ぜにしたような、そんな顔。


「それがですね、父がもう少し長く生きられそうなんです」

「えっ……」

「病気は治ってないんですけどね。この頃体の調子がいいみたいで」


 早月にとってそれはいい報せだったのだろう。

 けど、一緒にいた時間が長いほど、その分別れも辛くなる。

 俺はやすやすとよかったな、なんて言葉は掛けられなかった。


「……そんな顔しないでくださいよ。これは本来は来るはずのなかったチャンスなんですから」

「でも……」

「たしかに思い出を作るほど別れも辛くなります。でもそれは誰しもが経験する痛みで、私の場合は他の人よりちょっと早いというだけなんですから」

「強いんだな」


 俺は父さんのことを考えてみた。

 あんなダメ親父でもいなくなったら、長い間落ち込むだろう。

 けれど、早月は覚悟ができているようだった。

 そこに父の話をするたびに辛そうにしていた早月の姿はなかった。


「強くなんかないですよ。ただ、悲しい時は先輩の胸をいつでも借りていいんでしょう? そう考えるとすっと心が軽くなりました」

「なんかすごい恥ずかしいんですけど」

「これからも頼りにしてますよ、先輩!」


 早月は満面の笑顔で言い放った。


 なにこの子、可愛すぎて悶えそうなんだけど。

 いますぐ地べたで転げ回りたい。

 この可愛い後輩をお持ち帰りしたい。

 そんな衝動と欲望を押さえつけながら、俺は武道場を後にしていた。


 ***


 教室に到着すると、いつもより人が多く感じられた。

 さすがに二学期の始めくらいは余裕を持って登校しようという生徒が多いのかもしれない。

 もちろん、神田もいつもの席に座っている。……般若(はんにゃ)のような形相(ぎょうそう)をしながら。


「どうした。さぞご立腹みたいだが」

「……ノミヤか。俺は見たんだよ、廊下で!」

「何をだ」

「平治の野郎がネクタイ緩んでるの指摘されて、宮前先生に締めてもらってたんだよおおっ!」


 平治って誰だっけ? ……あ、先生の弟の宮前くんか。

 担任の宮前天水(そらみ)先生と区別するため、クラスメイトからは平治と呼ばれていた。

 その平治がネクタイの緩みを注意されていたと。


「ただの生徒指導じゃないか」

「どこがだ! あんなの姉弟(きょうだい)スキンシップだろ! 女っ気といえば母ちゃんぐらいの俺に対する当てつけだろ!」

「うるさい、騒ぐな」


 神田が女に飢えているのはいつものことだが、今日は特段に騒がしいな。

 非モテをこじらせすぎて頭がおかしくなったか。


「いっつも女をとっかえひっかえ、周りにはべらせているノミヤにはわかんないだろうな」

「おい人聞きの悪いこと言うなよ」


 神田は俺のツッコミを無視して続けた。


「二学期には体育祭、文化祭、修学旅行と名立たるカップル製造イベントが目白押しなんだぞ? それらが終わるまでに彼女を作らないと独り身の業火ごうかに焼かれることになるんだ!」

「大げさだなあ」

「大げさなことあるか! すでにクラス内には何組かカップルが成立してるし、あの池尻さんなんか他校に彼氏がいるんだぜ? 真面目な顔してとんだビッチだよ」


 へえー、あの池尻さんが。

 あ、やべえ。すげえこっち睨んでる。

 俺知らねーっと。


「あぁ……俺も母性あふれるお姉さんとイチャイチャしたい……」

「すればいいだろ。勝手に探しに行けよ」

「っつっても、パソコン部には男ばっかだし、放送委員の先輩方はこぞって彼氏持ちだし、年上と知り合う機会なんて……いや、そうか!」


 神田が机を叩いて立ち上がる。


「落ち込んだり元気になったり忙しいやつだな」

「ありがとう、ノミヤ! お前の言う通りだ。探せばいいんだ」


 よーし、やるぞと神田は息巻いていた。

 何か思いついたみたいだが、面倒なので関わらないでおこう。

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