宿題は計画的に
夏休みももう終盤だ。一日を大事に、楽しんで過ごさねばならない。
俺がそんな決意を固めてすぐ、千秋が恐ろしいことを口にした。
「そういえばお兄ちゃんは宿題って大丈夫なの?」
「宿題……だと……?」
夏休みの宿題。
それは全国の学校に通えし者どもが等しく恐れている物である。
もちろん、俺は最後の数日にまとめてやるタイプなのでほとんど手付かずだ。
今年こそは計画的に、と意気込んで数ページだけ古文や数学の問題集がやってある程度に過ぎない。
まさか、宿題だとという恐怖のワードが、あの千秋から出てくるとは思いもしなかった。
実は俺の目の前にいる千秋は千秋じゃないのではなかろうか。
「……はっ! さては夢だな。じゃあ二度寝するわ、おやすみ」
「お兄ちゃん、現実逃避はよくないと思う。あと夢の中で寝るのは二度寝じゃなくて二重寝じゃないかな?」
やはり夢じゃないのか。
現実とは時として残酷である。
「俺のことは置いといて、千秋こそ大丈夫なのか?」
「私はほとんど終わらせてるよ。一人じゃできないのわかってたから、さっちゃんと協力してこつこつやってたんだよ」
「この裏切り者おおっ!」
千秋……お前はそんなやつじゃないと思ってたのに。
夏休みの宿題を夏休み中に終わらせるなんてお前らしくないじゃないか!
煮え湯を飲まされるとはまさにこのことだ。
しかし、千秋との会話で得る物はあった。
今、窮地に立たされた俺に必要なのは仲間だ。
ともに協力しあい宿題を終らせる仲間なのだ。
とにかく誰か利用……じゃなくて協力してくれる人を探さないと。
とは言っても、こういう時に一番頼りになる茜は八月の後半になると日本各地にある忍術道場に特別講師として出張している。
修行の為だとかで一緒に連れて行かれた須藤にも期待はできない。
文乃は……携帯持ってないから連絡取れないな。
神田は問題外だ。あいつは宿題を意地でもやらないからな。
となると愛歌か……。気乗りはしないが電話してみるか。
愛歌の電話番号を入力し、スマホの発信ボタンを恐る恐るタッチした。
何気に家族や茜の女性と電話する機会は少ないので、愛歌みたいなのでも結構緊張する。
『はい、あなたの愛しの愛歌ですわ』
「早っ!?」
ワンコールも終わらないうちに繋がった。
どんだけ俺のこと好きなの? 怖いんだけど。
「実は愛歌に頼みがあって――」
『いいですわ!』
即答された。
まだ何も言ってないのに。
「だから早いっつーの! 内容くらい聞けって。夏休みの宿題手伝って欲しいんだけど」
『お安いご用ですわ! ……と、言いたいところですが、わたくしはこれからフランスへ行かなくてはなりませんの。これから飛行機に搭乗するところですわ』
「フランス? 観光にでも行くのか?」
『いえ、お父様の仕事の都合で社交会に出席しますの。いい暮らしをさせて貰っている身分で言うことではないですが、毎年のように付き合わされていい迷惑ですわ』
電話越しから愛歌の恨めしげな声が聞こえてくる。
金持ちの子供っていうのも結構大変なんだな。
『わたくしと婚約してくれるなら今からコールマンをそちらに送りますわよ?』
「いや、遠慮しておこう」
俺はまだ相手を決めるつもりはないし、愛歌の話を聞いたら余計にお断りしたくなった。
金は魅力的だけど、面倒な人間関係が存在するセレブの生活にはとても馴染めそうにない。
『あら、残念ですわ。コールマンはわたくしの側近ですのでさすがの夏彦さんといえど、ただでお貸しするわけにはいきませんの。ごめんなさいね』
「いや、気持ちだけで充分だ。それじゃあ次は学校で」
肩を落としながら電話を切った。
宿題、マジどうしよう。
他に頼れる相手はいただろうか。
頭を悩ませていると、突如部屋のドアが勢いよく開く。
「お父さん、宿題見せて!」
夏穂が切羽詰まった様子で俺の部屋に突入してきた。
「夏穂!」
そういえば夏穂も同学年だった。
娘が同学年、なんてバカげた話と、休みが長かったのも相まって完全に失念していた。
同学年どころか同じクラスで同じ家に住むような間柄なのに。
一瞬、夏穂に宿題を手伝って貰えば、なんて考えたけどもこの状況じゃどう考えても無理だよね。
絶対こいつ宿題まったくやってないよね。同類の俺にはわかる。
まったくどこのどいつに似たんだか。
……うん、百パー俺。
「夏穂、実は俺も宿題やってないんだ」
「ええっ! じゃあどうするの!」
「協力して終わらせよう」
「二人いれば速さも二倍だね!」
夏穂は俺の提案を飲み、早速二人で宿題に取りかかった。
もちろん、二人で進めた宿題が単純に二倍速で終わるわけがない。
サボり魔同士が一緒に勉強するとどうなるか……答えは明白、十分もしないうちサボりだすのだ。
結局、宿題が期限までに終わらなかった。
後日、二人揃って諸教師に怒られたのはまた別の話である。




