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伊江洲比の花火

 いよいよ花火大会開催の時刻も間近に迫った。

 河原にはさっきよりも多くの人が集まっている。

 俺たちも花火を見るために集合した。夏穂はまだだが電話したのでじきに来るだろう。


「さすがの人数だな。この辺で一番大規模の花火大会なだけある」

「こういう雰囲気も悪くありませんわ」


 しみじみと語る愛歌の姿は祭りの雰囲気によく馴染んでいた。

 遭遇したときこそ場違い感がすさまじかったが、今ではそのミスマッチさが逆にになるような気もする。

 ……周囲からはひたすらに目立つけど。


「意外だな。愛歌は人混みが苦手だという勝手なイメージを抱いていたが」

「あら、心外ですわ。わたくしだってダンスパーティーのような人の多い場所に行ったりしますのよ?」

「規模がちげーだろ!」


 ダンスができるスペースがある時点でもはや人混みとは呼べないのでは。


「おっ、みんな揃ってる! てか、増えてる!」


 雑談をしている間にも、夏穂が到着したようだ。

 夏穂は少し席を外している間に増えたメンバーに驚いている。


「遅いぞ。何してたんだ?」

「ちょっと屋台巡りをね。まずかき氷でしょ? それからフランクフルトにチョコバナナとかき氷。あとはたこ焼きにフラッペ、カチワリにじゃがバター……それからかき氷!」

「かき氷食いすぎだろ!」


 なんなの、その異様なまでのかき氷推しは。空前の氷ブームが俺の知らない間に来てるの?

 フラッペやカチワリなんて実質かき氷みたいなもんだし、腹壊しても知らねえぞ。


「だってお祭りと言ったらかき氷でしょ!」

「物にも限度があるでしょうが……」

「夏穂ちゃん、そんなに氷が好きなら私がいいことしてあげよっか」

「え゛っ゛!?」


 あ、千秋が女王様モードに入ってる。

 夏穂もこいつと相部屋なんて大変だなあ。


「何するつもりかわからんけどやめなさい」

「俺も夏穂ちゃんのためならいくらでもかき氷貢いじゃうよ! だから付き合ってください」


 どさくさにまぎれてバカなこと言ってる神田バカもいるし。


「気持ちは嬉しいけどごめんなさい」

「お前なんぞに娘はやらん」


 嫌だぞ、仮にでも神田が夏穂と結婚して息子になるなんて。

 友人が未来からやってきた自分の娘と結婚するなんて、どこぞの手強いシミュレーションゲームじゃないんだから。


 さっきからみんなのボケ倒しが止まらない。

 一番ボケ属性の強い茜が静かなのはせめてもの救いだが、ツッコミを入れる俺の身にもなって欲しいよ。

 誰か、半分でいいんでこのボケオールスターを引き受けてください。


「あっ、一宮くんだ。奇遇だね」

「文乃じゃないか。海のときぶりだな」


 祈りを捧げると、降臨したのは我が救いの女神ふみのんだった。

 よかった、君はまともだもんな。……まともだよね?


「一宮くんって、ちょっと頭おかしいよね」

「なんで俺罵倒されたの!?」


 どうしてだろう、こころなしか文乃の俺を見る目が冷ややかな気がする。

 心でも読まれていたら軽蔑の目を向けられるのも致し方ないけども、実際に変なこと言ったわけじゃないのに。


「それよりも文乃も来てたんだな」

「うん、伊江洲比の花火はすごいって聞くから、一度見てみたかったんだ」


 文乃の言葉通り、その目からは興奮が隠しきれていなかった。

 それはもう期待しているようだ。


「一回も見たことないのか?」


 伊江洲比の花火は地元民なら必ず一回は目にする代物だ。

 けれど文乃の言いようでは今日が初めてなんだろう。


「ここに引っ越してきたのは数年前だから、それからいろいろあって機会がなかったの」

「そうか、じゃあよーく目に焼き付けろよ? 度肝抜かれるからな」


 正直文乃は羨ましいな。

 どれだけすごい物だからといって、幼いころから見続けていれば感動も薄れる。

 それこそ感動や感激という言葉を知る以前に見てしまっているのだ。

 俺とてできることならば記憶を消してから観賞したい。

 だからこそ、初めてあれを目撃する文乃にはぜひ楽しんで欲しい。


「花火、あがりますよ」

「いよいよだね、お兄ちゃん」


 早月と千秋の声にはっとされされ、空を見上げる。

 そこには雲一つない夜空が広がっていた。絶好の花火日和である。

 空を飲み込むほどの闇に一発の花火がするすると吸い込まれていく。

 高く、高く昇り、限界に達したところで大きく花開いた。空全体を覆い尽くすくらい大きな花火だ。

 一発目が終わると、それから絶え間なく大量の花火が打ち上がる。

 何度見てもすさまじい迫力だ。


「すごっ……なにあれ……」


 文乃は相当驚いているみたいだ。

 きっと頭をハンマーで殴打されたかのような衝撃を受けているに違いない。


「なっ、言っただろ?」


 花火の爆音で俺の声はかき消されたのか、はたまた花火の衝撃に声を失ったのかはわからないが、文乃は俺の問いかけには答えなかった。


 花火観賞を終えると、全員はそれぞれの帰路についた。

 それぞれ、といっても夏穂と千秋、茜に俺を入れて四人で帰っているので言うほどばらけた感じはしない。


「こんな大人数で花火見たのも久し振りだなあ」


 他愛もない話の中で茜がそう漏らした。


「最初はお兄ちゃん、夏穂ちゃん、茜姉だけだったのに、結局いつものみんなだったね」

「まるでお父さんに吸い寄せられたみたいだよ」

「人を磁石みたいに言うなよ」

「お父さんの人徳がせるわざだと褒めているんだよ」

「褒め言葉としては上等だが、その結果があの面子だからなあ……」


 嬉しいのやら悲しいのやら。


 花火大会は千秋の言う通り見慣れた顔ぶれが揃っていた。

 思い返せば、今日はこの半年の集大成みたいなものだった。

 夏ももう終わる。

 来学期からもあいつらを相手にするとなると、嗚呼……先が思いやられるなあ……。

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