景品荒らし
花火が上がるまでは暇なので屋台をぶらぶら回っていると、射的屋の前に見覚えのある後ろ姿が二つ。
その内の一人、日本的な奥ゆかしさとは対極にあるような派手な浴衣を着た女性は、慎重に狙いを定めて銃を撃つ。
しかし的に向けて発射したコルク弾は着弾するとともに大きく弾かれてしまった。
「むっ! 難しいですわね」
「お嬢様、射的というのは角を狙うのです。ご覧ください」
次に隣にいた男が撃つと、コルク弾の当たった景品が独楽のように回転しながら下に落ちた。
「見事ですわ。さすがはわたくしの執事ですわね」
「ふふ、この手の遊戯には慣れ親しんだものですからな」
どっからどう見ても外国人であったはずの男は、まるで自分の少年時代に思いを馳せているかのごとく語った。
いや、外国にも似たようなゲームあるかもしれないけどさぁ……。
二人は第二射の準備をし始める。
今なら迷惑にならないだろうし、せっかくだから声かけるか。
「よう、愛歌にコールマン」
「あら、夏彦さんじゃありませんか。ごきげんよう」
「これはこれは、夏彦様も射的ですかな?」
射的に興じていたのは愛歌とコールマンだった。
急に声をかけたのに二人とも慌てることなく返事する。
「いや、ただの冷やかしだよ。それより愛歌みたいなお嬢様でもこういう庶民のイベントに参加するんだな」
てっきり金持ちって人混みを嫌ってこういう場所には来ないのかと思っていた。
でも愛歌は浴衣を着てくるくらいには乗り気なのだろうか。
「こっ、これはその……別にコールマンから聞いて夏彦さんに会いに来たとかじゃ全然ありませんわ! 勘違いなさらないでくださいね!」
「そうか、勘違いなんかしてないから帰っていいぞ」
ストーカーは一人で充分だ。
「あら? おかしいですわ。ツンデレは殿方の琴線に触れると聞いていましたのに」
「お前は一体どこに向かっているんだ?」
知らずのうちに愛歌がどんどん迷走している。
コールマン、執事なら主人の暴走を止めろよ!
「お嬢様、次はクーデレで行ってみましょう」
あんたの仕業かよ!
「それよりも夏彦さん。わたくしは今射的をやっていますわ」
「見ればわかるけど」
「ですので、これからわたくしの華麗なる銃捌きをご覧に入れましょう」
……なんで一回失敗してるのにもかかわらずこうも自信満々なんだろう。
「たしか角を狙うんでしたわね……角を――」
「――店員さん、お金二倍払うから鉄砲二つ使うね!」
「へっ?」
愛歌は隣で射的に参加するもう一人の人物に呆気に取られていた。
愛歌の集中を乱したのは茜だ。
茜は二丁の銃を手に取って、愛歌の戸惑ううちに連続で景品を落としていく。
「ちょっとあなた、お待ちなさい! ああっ、よく狙って――それ取ろうと思いましたのに!」
愛歌も負けじと撃とうとするが、愛歌の狙った的は立て続けに茜に落とされていった。
「弾の追加お願い! はい、お金」
茜は撃ち尽くすたび残弾補充をし――すべての景品を落としてしまった。
――店主のおじさんは泣いていた。
安価な駄菓子を始め、二、三千円ほどするらしいエアガン、果ては一万円以上の高額なゲーム機まで根こそぎ奪われたおじさんには同情を禁じえない。
「この平民風情が……!」
楽しみを奪われた愛歌は拳を握り締め、怒りにわなわなと震えている。
「あ、中条さんいたんだ。ごめん、射的の景品は私が全部落としちゃった」
「ぐぬぬ……ふっ、構いませんわ。上泉さんは貧しい上に卑しいのでこういう機会でもないと高いゲーム機などは手に入りませんものね。いやですわ、懐だけでなく心まで貧しいなんて」
「……ちっ。とにかく景品は私が全部もらっていくから」
珍しく茜がすぐに引き下がる。
さっき煽るようなことをするなと言ったからか? いつもはまともに聞きやしないのに。
というか、そもそも射的で総取りしている時点で挑発してるから偶然だな。茜も大人しい日くらいあるだろう。
ひとまずは平和的解決……というわけには行かなかった。
「……誰が全部やるっつったよ。喧嘩ならよそでやりやがれ! うちはだしに使われていい迷惑なんだよ!」
射的屋のおじさんが泣き叫びながら茜に掴みかかった。
どうやら落とされた景品をみすみす渡す気はないらしい。
まあこうなってもおかしくないわな。金魚すくいのおじさんが良心的だっただけで。
しかし、この場合悪いのはこのおじさんだ。
経緯がどうあれ茜が景品を落としたのは事実なんだから渡すべきである。
問題は茜の対応だな。
ここで理にしたがって茜が反撃しようものなら、その後の惨状は想像したくもない。
頼むから茜には冷静でいて欲しいが……。
「――ちょっとおっさん、それはないんじゃないの? 景品表示法って知ってる?」
悩んでいたところに思いもよらない声がした。
声の主は茜でも、愛歌でも、射的屋のおじさんでも、もちろん俺でもない。
「それに上泉さんに掴みかかってる時点で暴行罪じゃあないのか」
「おっと、そういえばそうだな」
振り返ると、そこには神田と須藤がいた。
「神田じゃないか! あと須藤」
「あと、とは何だ一宮! 僕はこいつのついでか!?」
悲しいなあ、男二人で花火大会なんて。
そもそもこいつらってそんなに仲良かったっけ?
「おい、無視をするんじゃあない!」
「まあ落ち着けよ。……で、どうなんだおっさん?」
神田は喚き散らす須藤をなだめ、おじさんに詰め寄った。
「くそっ……勝手に持っていきやがれ」
おじさんは茜から手を離し、そう吐き捨てた。




