金魚すくい無双
川沿いに連なる屋台の一角で、通常では考えられない人だかりができていた。
「あの姉ちゃんすっげえ! 超かっけえな!」
「やべえ、手元が全然見えないぞ! 何が起こってるんだ!?」
「あの子ポイ捌きマジパネェっしょ! マックステンアゲー!」
「まさかっ……! あれが伝説のゴールドフィッシュマスター……実在したというのか。いや……」
それはある金魚すくいの屋台。
集まった野次馬たちは金魚すくいに臨む一人の女を囃し立てていた。
「たあああぁぁぁっ!」
その女とはそう、我が幼馴染、上泉茜である。
茜はものすごい勢いで金魚をすくっていく。
高速でポイを動かすことにより、水中に空気の隙間を作り、ポイが濡れる前にすくっているのだ。
普通あんな速さですくったら金魚が死んでしまいそうなものだが、そこは茜の絶妙な力加減で一匹たりとも殺さずにいた。
とどまることを知らない茜の勢いに屋台のおじさんも青ざめている。
「じょ、嬢ちゃん! その辺にしといてくんねえかな? そんなに取られたら俺も商売あがったりだよ……」
「とりゃああぁぁぁっ!」
残念ながら屋台のおじさんが発した懇願の声など茜には届いていなかった。
それから数分後、ビニールプールの金魚を根こそぎ奪いつくした茜はさぞご満悦の様子だった。
「楽しかったー! 金魚すくいって面白いねえー」
「お前、鬼だな」
あの後おじさんが泣きながらお店畳んでたぞ。
来年また来てももう絶対やらせてもらえないだろうな。
「ところでその大量の金魚はどうすんだ?」
茜は両腕いっぱいに袋をつり下げている。
茜の家で飼えないことはないだろうが、その量を持ち歩くには邪魔だろう。
「うーん……どうしよっか? 夏彦くんはいる?」
「いらねえ」
「じゃあ家に預けてくるね。すぐ戻るから」
「おう、二度と戻ってこなくていいぞ」
って言ってもすぐもどってくるんだろうなあ……。
「預けてきた!」
「早っ! 俺はどんどん人間の領域から乖離していくお前が怖い」
「そんなあ」
茜が照れくさそうに頭をかいた。
「褒めてねーから。そういえば茜の家にあんなたくさんの金魚入れる水槽なんてあったっけ?」
「いやいや、普通は持ってないって。だから地下にあるため池に放流しといた」
「あー……あの水練用とか言ってた……」
普通ってなんだろう。
地下室のある家だって多くないのに、室内それも地下にため池とか。
プールではなくため池である。
実物を見ればその表現は正しいとわかる。
いまだに上泉家は謎が深い。お隣さん歴長いのに。
「あっ! 茜さんってばまたお父さんといちゃいちゃして、いい加減にしてください!」
「夏穂、戻ってきたのか。何買ったんだ?」
先ほど『お腹が空いたからなんか買ってくる』とどこかに行ってしまった夏穂が帰ってきた。
手には三つのプラスチックパックを持っている。
「焼きそば! はい、これお父さんの分」
「おお、ありがとう」
茜へのツッコミのせいでエネルギーを消費したので、丁度俺も腹が減っていたところだ。
快く焼きそばのパックを受け取った。
「あ、私のもあるなんて気が利くね! 特別にいい加減にしてだの失礼な発言は不問にしてあげる」
「はあ? 残りは全部私の分ですけど。茜さんは金魚でも食べていたらどうです? さっきものすごい勢いで金魚をすくってる女の人がいるって話題になってましたよ? ……って、金魚持ってませんね。すみません私の見当違いでしたか。ふふ」
「夏穂、その辺にしておけ。茜も煽るなと何度も言ってるだろ」
俺が諌めると夏穂は大人しく引き下がる。
茜もそれ以上何も言わなかった。
まったく、こいつらを相手にしてると胃痛が絶えないなあ……。
夏休みくらいは休めると思ったのに。
このとげとげしい空気が続くと俺の胃が耐えられないので、話題を変えようと夏穂に質問を投げかけた。
「そういえば千秋はどうした? 戻ってくる気配がないけど」
たしか千秋は夏穂と一緒に食べ物を買いに行ったはずだが、さっきからその姿は見えない。
「叔母さんなら今塚原さんと話してると思うよ」
「早月?」
「うん。戻ってくる途中で出くわしたの」
「へえー」
早月も来てたのか。
じゃあせっかくだから花火見物も誘ってみるか。
もう千秋が誘ってるかもしれないけど。
「お父さん……もしかして塚原さんも誘おうとか考えてた?」
「何か問題あるのか? てかなんでわかった」
「だからお父さんは顔に出やすいんだって。……私はただ聞いただけで嫌っていう訳じゃないから」
と言いつつも、夏穂の表情はどこか不満げだ。
もしかして嫉妬か?
かわいいな、おい。
……俺もだいぶ親バカになってきたな。




