幼馴染がストーカー界の魔王的存在でした
目蓋を開いて真っ先に飛び込んできたのは自分の写真(盗撮)で埋め尽くされた天井だった。
下手なホラー映画よりもよほどホラーである。
目を背けようにも、右も左も写真だらけの壁が広がるばかりだ。
次に手足を動かしてみる。
試すまでもなく分かっていたことだが、縄で縛られていて自由に見動きできない。
縄は今寝ているベッドに繋がれていた。
つまるところ自分の熱心なストーカーの部屋に監禁されているのである。
全く、こんな冴えない男をストーカーするなんてどこの物好きやら――
「気分はどうかな、夏彦くん。私、捕縛術は苦手だから縄が痛かったらごめんね?」
――ここの物好きである。
俺の目の前に魔王が降臨した。
声のした方を見ると、子供っぽい話し方とは裏腹に、スラリと伸びた体躯ときりっとした顔つきのせいか、やけに大人びて見える女性がいる。
動きやすいようにか分からないが髪を後ろで一つに束ね、制服も所々カスタムされている。
まるで隠密行動をするための忍者のような出で立ちだ。
「何のつもりだ? 茜」
ベッドの横に立って俺を見下ろすのは俺の幼馴染にして、ストーカー――上泉茜だった。
「何って、夏彦くんに近付く女の魔の手から保護してあげてるんだよ? 特にあの夏穂とかいう女! 夏彦くんの娘だ何だといってベタベタベタベタ……一体何様のつもりなんだろうね。夏彦くんのお嫁さんになりたいだとか訳のわからないこと言って、夏彦くんを惑わして……この際夏彦くんが好きな女の子は私なんだって分からせてあげないといけないね。夏彦くんは昔から私一筋なんだからその方が夏彦くんのためにもなるもんね。夏彦くんもそう思うでしょ?」
やべえ。しばらく顔を合わせていなかったから知らなかったけど、こいつ俺の想像を突き抜けるクレイジーだ。
完全に思考が独りよがりだもん。
色々とツッコみたいことはあるけれども一つ言わせてもらおう。
「何で夏穂のこと知ってるの?」
最近会ってないということはもちろん夏穂の紹介もしていない。
それなのに何故かこいつは夏穂が俺の娘(自称)という事実を受け入れている。
俺の疑問に茜はきょとんと、首を傾げた。
くそっ、言動さえまともなら可愛いのに!
「何でって……夏彦くんのことなら何でも知ってるよ? 身長も、体重も、両目の視力も、昨日のお夕飯も、本棚に隠してあるエッチなゲームのタイトルだって、何でも。だってそれくらい世界の常識でしょ?」
「人のプライバシーが世界の常識になる時代はない」
どうして俺の周りの女の子はこぞって俺のエロゲーの隠し場所を知ってるのか。
スパイなの? ジェームズ・ボンドなの?
茜に関してはあながち間違いじゃないけど。
「いいから縄外せ。大声出すぞ?」
「安心して。この部屋防音だから。どれだけ騒いでも大丈夫だから落ち着いてエッチもできるね」
茜さん、会話のキャッチボールをしてください。
微妙に話が噛み合ってないぞ。
「俺はお前の部屋が防音室だった記憶は無いが」
「夏彦くんのためにアルバイトしてリフォームしたの。やっぱり男の子って色々とたまるからこういう設備があるとやりやすいでしょ?」
「嘘つけ! お前ずっと俺のストーカーしてただろ! いつアルバイトなんかする暇あったんだ」
後半の発言に関しては触れるのが怖いのでツッコまないことにした。
「夏彦くんを探すついでに学校の情報色々集めて、必要な人に売っただけだよ? 結構割のいいお仕事でねー」
「お、おう」
そうだよね。
お前、忍者の末裔だもんね。
諜報活動くらいお茶の子さいさいか。
「今日までに間に合って良かったよ。防音設備以外にも学校から私の家までの最短ルートを調べたり、時間帯ごとの人通りの多さを検証したりと準備が大変だったんだ。本当はもっと下準備してからするはずだったんだけど、いきなりだったから驚かせちゃったよね? ごめんね。でももたもたしてるとあの女の毒牙に掛けられるのも時間の問題だったから。夏彦くんはとっても優しいから騙されてるって分かっていてもあの女の誘惑は断われないでしょ? だから私が心を鬼にして夏彦くんを保護してあげようと思ったの」
「悪いけど人間に理解できる言葉で話してくれない?」
俺には茜が何を言ってるのかさっぱりだぜ。
「えっと、ごめんね? 私だけで盛り上がっちゃったね。つまり何が言いたいのかというとね、私は夏彦くんが大好きなの!」
「俺はお前が嫌いだ」
「無理しなくていいんだよ? 私分かってるから。夏彦くんは優しいからあの夏穂とかいう女が心配なんでしょ。だから私に嫌われるようなことを言って、ここから出ようとしているんだよね? 夏彦くんは昔からそう。困ってる人がいると放っておけないんだよね。でももういいんだよ。私もたくさん夏彦くんにたくさん助けられたから今度は私の番なの。そのために嫌だった忍術の修行だって頑張ったんだから。私があの女を永久に黙らせるから、だから夏彦くんは心配しなくていいんだよ?」
俺は一つ、思い違いをしていた。
日々常々我が妹、千秋は思い込みが激しいやつだと思っていた。
けれどもそれは間違いである。
思い込みが激しいやつというのは、事実を自分の都合のいいように捻じ曲げ、自分にとって都合の悪いことはなかったかのように振る舞うやつのことだ。
――自分の都合のみで世界がまわっているやつのことだ。
今、俺と茜は同じ空間において別世界にいた。