騒音は夏の風物詩
夏休み。
早月のインターハイという気がかりなイベントも終え、あとは心置きなく惰眠をむさぼれる。
……むさぼれる、はずだったのだが。
「――うるせえええ!」
午前一時、近所迷惑にならないように枕を顔に押しつけながら叫んだ。
でも叫ばずなはいられないほどの騒音だった。
外から聞こえるバイクのエンジン音が耳をつんざいていたのだから。
そう、暴走族だ。
夏といえば世間の子どもたちは就職している者を除いては長期休暇に入る。
だからティーンエイジャーが半数は占めているだろう暴走族が活気付くのは当然の摂理。
でもって、はた迷惑なことにいくつかのグループがこの辺りを主体として活動しているのだ。
だとしても今年はいつにも増してうるさい気がする。
何かあったのだろうか。
茜とかなら暴走族事情とかも詳しいかもしれない。
まあ、こんな時間に訪ねるのも迷惑だろうし、明日にでも聞いてみるか――
「出てこいやこのボケコラナスぅっ!」
思考を遮るように窓の外から怒号が飛び込んできた。
「ハァー……今年もか……。毎年毎年懲りねえなあ……」
…………そういえば。夏といえばもう一つ、胃が痛くなるようなイベントがあったな。
心底うんざりしながら外の様子を窺うと、お隣の上泉邸の前に黒いスーツを着込んだ強面のおにいさんたちが群れをなしていた。
いわゆるヤのつくご職業の方々だ。
なぜそのような物騒な集団が茜の家を取り囲んでいるかというと、ちゃんと理由がある。
上泉、といえば裏社会では名の知れた家だ。
いわく、彼らが動けば通らない無理はなく、そこに存在するだけで影響力を及ぼすとされている。
まあ手短に言ってしまえば伊江洲比のご意見番的な役割を担ってるのである。
で、どういうわけかヤのつく人たちは夏になると活発になる。
茜から聞いた話には縁日にテキ屋で稼いでるとか、暴走族の後ろ盾になる代わりに上納金を徴収してるとかじゃないか、などと推察していた。
ともかく、活動資金を手に入れた彼らは毎年懲りずに、自分たちとって邪魔な上泉家の潰そうとやってくる。
巻き込まれる俺たち家族の身にもなって欲しい。
そもそも俺が基本的な忍術を茜の父親から教わったのも『上泉のお隣さんをやる以上こういう危険に巻き込まれる。だから最低限の自衛手段は持つべき』という理由からだ。
何から何までふざけ倒した話だよ。
……なんかよく考えてみたら無性に腹が立ってきたな。
うん、今日は文句をつけてに行ってやる。
外着に着替えて家を出ると、そこには武装した集団をたった一人で制圧している茜がいた。
「ぎゃああっ!」
「な、なんでたかがガキ、それも女がこんな強いんだ!?」
「ば、化物……!」
おにいさんたちのさっきの威厳はどこへやら、茜の圧倒的な戦闘力を前にして口々に断末魔を上げていた。
ごめんなさい、その人はただのガキなんかじゃなくて地上最強の女子校生です。
「なっ、私は化物なんかじゃないもん! こんなキュートな女子校生をつかまえて失礼しちゃうよ! そんな悪いこと言う口は縫い合わせちゃうぞ」
「ヒィィィッ!」
茜が微笑みながら言うと、男の一人が本気で恐怖していた。
茜なら本当にやりかねないので気持ちは痛いほどわかる。
本来悪いのは彼らで、同情をかける余地なんて一ミリもないのだがとても憐れに見える。
「そんな怯えなくても……本当にやるわけないのに。……って、あれ? 夏彦くん!?」
「よう。今日もまたずいぶんと騒がしいですね」
「あっ……もしかして起こしちゃった? ごめんね」
嫌味たっぷりに言ってやると茜はしゅんとしてしまった。
あれ? なんか茜が柄にもなくしおらしいな。
最近すこしきつく当たり過ぎた部分もあるしそのせいだろうか。
ま、まあこれは茜が悪い訳ではないし、やっぱり文句は心にしまっておくか。
「にしても、学習能力というものがないのか? この人たちは」
俺は死屍累々と転がってる男たちを見渡す。
彼らは武器に日本刀や拳銃、アサルトライフル、果てはロケットランチャーまで装備している者もいた。
対する茜はというと素手である。
そろそろ生物としての次元が違うと気がついても良さそうなものだけど。
「まったくだよね。銃火器はまだしも安物の日本刀なんて。私の体に傷を付けたければ天下五剣なり天下三槍なり持ってこいって話だよ」
「いやそういう話じゃないから」
てか、何?
安物の日本刀だと傷付かないの?
やはり俺の幼馴染は人間ではないのかもしれない。
「でも今年はちょっと事情があったみたいだからねえー」
「事情?」
「うん。この人たちはどうやら近衛組の構成員らしいんだ」
近衛組はこの近くに本部を置く暴力団だ。
昔は過激だったけども最近は鳴りを潜めている。
「その近衛組なんだけど、最近古株の幹部が行方不明になっちゃったみたいなんだよね。で、組内のパワーバランスが崩れて後継者争いが勃発したんだって」
「じゃあこいつらは後継者争いに上泉を味方につけようとしたわけか」
「そーゆーこと。断ったけどね。上泉は中立でどちらの味方もしないって言ったけど、敵対派閥に回る可能性がある以上見過ごせないって」
「それでこの惨状か……」
「理解いただけたかな? ま、見ての通り片が付いたから安心してよ。じゃあおやすみー」
茜はあくびをしながら自分の家へと帰っていった。
「お、おやすみー……」
暴力団からの襲撃をさも日常のように捉える茜のことは俺には理解しがたい。
やはり俺の幼馴染はどこかがおかしい。




