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勘違いだから!

 泣くだけ泣いた早月を連れ戻したときには剣道部のミーティングは終わった後だったようだ。

 約束通り取り計らってくれた藤崎は戻ってきた俺に目配せをした。

『うまくやっといたぞ』と視線で訴えかけていた。

 どうやら何かいらない気遣いをしてくれたらしい。

 藤崎がそのまま横にいた早月に視線をスライドさせると、あごに手を当てて考え込む素振りを見せる。

 気になって俺も早月を見た。


「先輩、私の顔に何かついてます?」


 ちょっとあからさま過ぎたようで、早月に不審がられてしまった。


「なんでもない。気にしないでくれ」


 早月に特段異常はない。

 しいて挙げるとするならば目を真っ赤に泣き腫らしていたことか。


 ……ん? ちょっと待てよ。

 藤崎は俺と早月の関係にあらぬ勘違いをしているみたいだ。

 で、俺が迎えに行った早月に泣いた跡があって戻ってきた。

 ……嫌な予感がする。


 案の定というか藤崎が近づいてきて、いきなり肩を組んで耳打ちされた。


「おい一宮。ちょっとこい」

「え!? ちょっと、なんだいったい!」

「いいから。……あっ! 塚原の防具と竹刀はあっちに動かしといたから確認しといてくれ! 俺と一宮のことは気にしなくていいぞー」

「えっと、藤崎先輩……ありがとうございます? ちょっと見てきますね」

「あっ、早月待って! 俺を置いてかないで!」


 悲しくも俺の声は早月の背中には届かなかった。

 くっ、これでは藤崎から受けた誤解を俺一人で解かねばいけない。


「まあそう落ち込むなって! 女なんて星の数ほどいるんだからよ」

「ちげえから!」


 えっ、何?

 もしかして俺が早月に振られたとか思ってんの?

 百歩譲っても俺が振った方じゃないだろうか。

 泣いていたのは早月の方なんだし。

 まあ傷心中の後輩に追い打ちをかけに行った悪党、なんて認識されなかっただけまだマシか……じゃなくって!


「言っとくけど早月は妹の友達ってだけでそれ以上の関係があるわけじゃないからな?」


 出会ったきっかけは違うけどまあ嘘は言ってない。


「まあまあ。そう照れるなって。一宮さえよければ俺からも塚原を説得してやるから」

「だからちげええええ!」


 その後、再三の弁明もむなしく藤崎から受けた誤解は解けなかった。


 藤崎への弁明を諦めた俺は、一人・・で帰宅することにした。

 早月を待ってもよかったのだが、あいつも部での付き合いとかあるだろうし俺がしゃしゃり出る場面ではない。

 え? 茜? いえ、知らない子ですね。

 などと考えていたのも束の間。


「「あ」」


 声が重なった。

 駅の少し前で早月と出くわしたのだ。

 俺とは違う道を使っていたらしい。


 早月が誰かといる様子はなかった。

 もしかして部内でハブられているのでは、なんて勘ぐってしまう。

 ただ、さっきの大会で早月の勝利を我が身のように喜んでいた部員たちを思えば可能性は低いだろう。

 とはいえ、早月と他の剣道部員の練習に対する温度差のせいで壁があるのかもしれない。


「えっと、どうも……」


 なんとなくといった様子で早月が会釈する。

 ……き、気まずい。


「じゃ、じゃあ俺はこれで」


 今から走れば次の電車に間に合う。

 防具を背負ってる早月はとてもじゃないが追いつけないだろう。


「あ、待ってください!」


 駆け出そうとした俺の裾を早月が掴んだ。


「ぎゃあああ!」


 おかげで、俺は地面に大きくダイブを決めていた。


「わああっ、先輩すみません! 大丈夫ですか!?」


 俺は心配そうに覗き込んでくる早月を見上げる。

 ……あらかわいい。


「おお、なんと愛らしい娘だ。さては俺を迎えに来た天の使いだな」

「先輩……私は天使じゃありません。転んだくらいじゃ死にはしませんから。それとも転んだショックでただでさえ緩んでいた頭のネジが外れましたか?」


 早月が心配してくれていたのが嘘のように呆れた顔をした。

 やだ、早月さん辛辣。

 ちょっとふざけてみただけなのに。


「パトラ○シュ、僕もう疲れたよ」


 と言いつつおふざけを続けてみる。


「先輩、ここはアントワープ大聖堂じゃありませんから。バカなこと言ってないで帰りますよ」

「早月はノリが悪いなー。少しくらいノッてくれてもいいのにー」


 いや、わりとノッたツッコミしてたか。


「はいはい。さっきまで大泣きしてたから疲れてるんですよ。すみませんね」

「じゃあしょうがないな」


 泣いていた早月は(早月には悪いが)可愛らしかったので許すとしよう。

 男は女の涙に弱いとはよく言ったものだ。


「はい、しょうがないです」


 早月も俺が納得したのに満足したようだ。

 そして、帰りの電車に乗り込むまで沈黙が続く。

 先に沈黙を破ったのは早月だった。


「しょうがなくありませんよ!」

「うおっ、急に大声出すなよ。車内ではお静かに」


 行き帰りで迷惑行為してブラックリストにでも載せられたらどうしてくれる。

 いや、行きは俺の自業自得なんだけどもね。


「全然しょうがなくないです」

「なにがだよ」


 まったく見当がつかない。

 注意されて声のトーンを落とした早月に聞き返した。


「河川敷での話です。よくよく考えたら許可もなく女の子の体を抱きしめるなんてセクハラ同然ですよ! 何考えてるんですか」

「すまん、ノリで」

「ノリって……あんなところ誰かに見られたら絶対誤解されるじゃないですか……。これだから一宮先輩は……」


 ごめんよ、早月。

 実はすでに藤崎からおかしな誤解を受けてるんだ……なんて言えるはずもなく、電車に乗ってる間早月は終始ご立腹だった。


「……でも……私はそんな先輩が…………」

「え? なんだって?」

「なっ、なんでもないです! って、どうしてそんなにニヤニヤしてるんですか!」

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