準々決勝
結果として早月は勝った。
果敢に攻めて小手二本のストレート勝ちだった。
伊江洲比高校剣道部の面々は仲間の勝利に並々ならぬ盛り上がりを見せている。
すでに試合を終えて戻ってきた他の選手も観戦していた部員と一緒になって拍手喝采していた。
「塚原のやつやるなあ! 次は準々決勝じゃないか! いやあ、我が部から個人戦ベスト8を輩出するなんて願ってもない快挙だな!」
「なあ藤崎くん。そろそろ俺は君を殴ってもいいのかな?」
ろくに練習もしてない人間がここまで勝ち進むことを願ってもないなんて表現してはいけないでしょ。
せめてやることやってから言いましょうよ。
「なっ! たしかに学内には剣道部がサボってばかりいるだのといわれのない噂も出回っているが、俺自身は学外でも道場に通ったりと日々研鑽を積んでいるのだ。日ごろから弛まぬ努力をしている俺がお前に殴られる筋合いなどはない」
「あんたの私生活に関しては知らないけども、本当にいわれがないのかは胸に手を当ててよく考えてみたら?」
俺は剣道部の内部事情において、大体は早月から聞き及んでいるんだ。
言い逃れはできないはず。
「うっ、まあ顧問の不在をいいことに気が緩んでしまうこともある。しかし、それもたまにの話だ。いつも部室にこもってゲームしたり漫画を読んだりするわけじゃあない。そもそも部長が人をダークサイドに誘惑するような物を持ち込んだりしなければ……本当にあの人は……」
たまにはしてるのか、ゲームしたり漫画読んだり。
というか少し離れたところに部員と思われる方々が座っているのに、こんな部長とやらの愚痴なんかこぼしてていいのかな。
他に顧問の不在とか気になることが多々……
「ん? 顧問っていないの?」
たしか校則では部活動には最低一人の顧問が必要とか書いてあったような気もするが。
「あ、いや不在ってそういう意味じゃないから。大抵は活動に顔出してこないからさ」
「それ監督責任とか大丈夫なのか?」
「さあ? でも色々と忙しいみたいだからね」
「授業の準備とか大変なのか」
あるいは三年生の担任をやっていて生徒のサポートへ身を粉にしているのかもしれない。
千秋の補習といい、伊江洲比高校には面倒見のいい教師が集まっているからなあ。
「いいや、マンホール撮影に忙しいんだよ」
「…………は?」
突然耳が遠くなってしまったのかもしれない。
この年で難聴なんて、あーやだやだ。
「剣道部顧問の柿本先生は各地のマンホールを見て巡るのが趣味でな。ほら、マンホールって地域ごとにデザインが違うだろ? 土地柄を感じられて楽しいんだとか」
「あっ……そう……」
聞き間違いじゃなかったのか。
世の中には奇特な趣味を持ってる人もいるもんだな。
趣味のために生徒をないがしろにするのはどうかと思うけど。
「あの人のマンホール熱はすごいからなあ。友達から聞いた話だと職員室のデスクには常にマンホールの写真が入ってるらしいし。前にはテレビの取材も受けたとか……なんて、どうでもいいな。次の試合が始まるぞ」
「もう? 早くないか?」
「そりゃあ、準々決勝だからな。消化する試合も少ないから回ってくる試合も早くなるさ」
「そうか……」
そう、早月は県内の全ての女子高校生が戦うこのインターハイでベスト8。
これは今までの早月の努力があってこそだ。
それを近くで見てきた俺だからこそ、ここで終わって欲しくないと切に思ってる。
……早月の努力が報われてほしいと……優勝して欲しい、と。
だけど現実というのはそう甘いものではない。
藤崎が早月の対戦相手を見て眉間に皺をよせていた。
「玉響学園か……。これは厳しいな……」
「強いのか?」
「ああ、個人団体共に全国常連だからな。あそこは私立だから金も設備も充実してて稽古の質が高いんだよ。勝ち進めば遅かれ早かれ当たる相手だが……」
藤崎の言うことはもっともだ。
優勝できるのはたったの一人。
だからいずれは強い相手と戦うことになる。
優勝するにはその猛者たちを退けていくしかない。
……大丈夫、俺は知っている。早月の努力の日々を。
あとは信じよう。――早月の勝利を。
前の試合に引き続き白タスキを付けた早月が前へ出る。合わせて玉響学園の選手も動いた。
「始めっ!」
主審から試合開始の合図と共に二人は竹刀を合わせた。
それからしばらく剣先での小競り合いが続く。
そして、二人は同時に動き――互いに面を打ち合った。
コート内にいた三人の審判がそれに反応し、一斉に旗を挙げる。
――一人は白、残りの二人は赤の旗を掲げていた。
「面あり!」
主審が大きな声で言った。
「ありゃ、一本取られちまったか」
藤崎は参ったというように話すが、深刻さは微塵にも感じられない。
まあ後輩が勝てば先輩として鼻が高いとか、所詮は早月の勝敗なんてその程度のことにしか思ってないに違いない。
早月の事情を知ってる訳でもなさそうだし、あいつが簡単に自分から話すということもないだろう。
だったら知ってる俺は最後まで早月の勝ちを信じるまで。
「まだ一本だろ。すぐに取り返せる」
「つっても、相手は強豪の玉響学園だしなー。つーか、その根拠のない自信はどっから出てくるんだ?」
「根拠ならあるさ」
俺は知ってる。
いつでもストイックに素振りを続けていた早月を。
だから俺は、早月ならどんな強いやつ相手でも負けないって言い切れる。
「二本目!」
再び、試合を始める合図があった。
ほどなくして審判がまた旗を挙げる。
「勝負あり!」
試合の最後、挙がっていたのは赤い旗――玉響学園の選手だった。
早月のインターハイはベスト8という成績を残して幕を閉じた。




