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火の構え

 富火アリーナで出会った剣道部員は藤崎ふじさき真虎さねとらと名乗った。

 藤崎によると丁度早月の試合が終わったようだ。どうやら勝ったらしい。

 次の試合までは時間があるというので、俺はトイレへ行くことにした。


 実のところ、朝は急いで出かけたので用を足す暇もなかった。

 そのせいなのかは知らないけども、ずいぶんと溜まっていたようだ。

 おかげでかなり時間を食ってしまった。


「ふぅー……すっきりした……ってこんなゆったりしてる場合じゃねえな」


 早月が昼飯を食べに一旦戻ってくるとか言っていたので、発破でもかけてやろうと思ったのだ。

 だから入れ違いにならないように慌てて観客席へともどった。


 観客席には早月の姿は見えなかった。


「おーい、真虎マコちゃん。早月は?」

「その名で俺を呼ぶんじゃねえ!」


 観客席でチョコレート菓子片手に座っている藤崎に、俺が即興で付けてやったあだ名で呼んだらキレられた。

 人がせっかく親しみを込めて呼んだのに冷たい男だ。


「真虎だからマコちゃん、かわいらしくっていいと思うんだけどなあ。ほら、きっと女子からも親近感アップ間違いなしさ!」

「なんでだよ! 俺は男だからかわいらしさなんて求めてねえから!」


 大声でツッコまれた。

 やっぱりそうか。この男……同族の匂いがしていたがやはり同じツッコミ属性らしい。

 俺が柄にもなく藤崎をからかいたくなるのも、この男が発するツッコミオーラのせいに違いない。


「くそっ……どうして部員のやつらといい、俺の周囲はどいつもこいつも変人ばかり……」


 剣道部内でも結構苦労人のようだ。


「で、話戻すけど早月はどこに?」

「落ち着け、俺……こいうときは糖分を摂って頭を冷静に……大丈夫……平常心を保つんだ……」


 ……聞いてない。


 藤崎は不気味に独り言を発しながら、手にしたチョコレート菓子を淡々と口に運んでいた。

 …………人のことがどうこうとかぼやいてたけど、こいつも大概変人なのでは……?


「あの……早月は?」

「平気……俺は平気……うっし。えっとなんだっけ?」

「だからね、塚原早月さんはどこに行ったのかと、さっきから、たずねているんですよ」


 本当に聞こえていなかったとは……。

 こいつはマジで精神がやばいのかもしれない。


「塚原ならもう会場したに行ったよ。一宮が来てるって行ったら慌てて飯食ってさ」

「そうなのか……俺がかっこいいからって、そんなに照れなくてもいいのにな。モテる男は辛いぜ」

「あんた……自分で言ってて恥ずかしくないの?」


 藤崎は俺の発言に対してやや引いていた。

 なぜだろう、事実を口にしたまでなのに。


「まあでも、塚原が話してたのも似たようなもんだしな……。今あんたの顔を見ると気が抜けてしまいそうだから大会が終わるまでは会わないで欲しいだと」

「わかった。伝えてくれてありがとう」


 応援しに来たのに早月の邪魔になるのは本意ではない。

 先に藤崎に遭遇したのは正解だったな。


「礼には及ばんよ。俺も部活の仲間として、先輩として塚原にはぜひ勝ち進んでもらいたいものだからな。他のやつらはみな運がなくてすでに敗退してしまったから」

「いや、それただ単に練習不足じゃ……」


 運のせいにしてんじゃねえよ。


 うちの剣道部が不真面目な有名な話だ。

 いつだか交わした早月との雑談内容からも裏付けが取れている。

 時には部員がゲームに熱中しすぎたせいで活動しないままお開きになったこともあるとか。

 まったく、顧問だとか諌める人はいないのだろうか。


「しょうがないな、うん。初っ端から此左麻(このざま)大学附属みたいな強豪に当たって勝てる訳ないもんな」

「ひどい正当化をここに見た」

「それよりもう塚原の試合が始まるぞ」

「えっ、どこ?」


 なんかていよく誤魔化された気がしないでもないが、それはいい。

 せっかく早月の試合を見に来たのだ。

 ただでさえ前の試合は見逃しているのだから、今回はちゃんとこの目に焼き付けなければ。


「ほら、あの左から二番目の。塚原は白いタスキの方だな」


 藤崎が指差す方向に剣道着を着た二人の女子がいる。

 二人の背中には胴をつける紐にそれぞれ赤と白のタスキが結ばれている。

 白をつけた女子の垂には『伊江洲比 塚原』とあった。


 二人は礼をして前に出る。

 ここで早月と相手の身長差がかなりあることが分かった。

 相手の方が女子にしてはかなり背が高い。

 スポーツでは体格差というのはかなり重要だし、当然早月が不利だろう。

 胸に不安が渦巻いた。


 両者コート内に引かれた白線の位置で竹刀を構えてかがむ。

 そして、審判の合図で同時に立ち上がった。

 俺は思わず目を見開いた。


「うんっ!?」


 早月の相手は周囲の選手とは異なる構えを取っていた。

 竹刀を頭上高く持ち上げていたのだ。


「へえー、上段かー。珍しいなあ」


 藤崎が感心したようにうなずいてる。


「上段だって?」

「見ての通り、竹刀を持ち上げる構えだよ。常に振り上げた状態だから中段よりも一動作少なく攻撃できるんだ。攻めを主体としているために火の構えとも言うな」

「いやまあ、知らない訳じゃないんだけど」


 剣道の漫画とかで読んだことはある。

 こうやって実際に見るのは初めてだけども。

 見てる分にも威圧的なので少々たじろいでしまった。


「女子で上段やってるのは滅多にみないけど、あの体格でなら理にかなってるな」

「早月は大丈夫なのか?」

「はっきり言って不利だな。部活でも上段に対する稽古けいこはほとんどしてないからなあ」


 藤崎の歯に衣着せぬ物言いに俺は固唾を呑んだ。


 結局、俺がどんなに心配したところで心の中で応援することしかできないんだ。

 がんばれ、負けるな早月……と。

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