剣道インターハイ見学
アリーナの中は多くの人でごった返していた。
また、剣道の試合をやっているために選手の怪鳥のような叫び声が隅から隅まで響き渡っていた。
「キエエェェッメェェイヤアアア!」
……これもしかして面って言ってるのか?
辛うじて“め"が聞き取れたレベルなんだけど。
「すごいね、夏彦くん。バシバシ痛そうな音鳴っててなんだか怖い……」
竹刀の打ち合う音に気圧された茜は、怯えて俺の腕にしがみつく。
「………………は?」
こいつはなにをいっているんだ?
茜があまりに突飛なことを言い出すものだから少し思考がストップしてしまった。
だって数ヶ月前には男三人、内一人は刃物を持った相手に大立ち回りを演じてみせた、あの、茜がたかが竹刀の音に怖いとか。
もうふざけてんのかと。
「もー、ひどいなー。私だって女の子なんだから」
「えっ、まじ!?」
「なんでそこで驚くの!」
茜はむぅーっ、としかめっ面になった。
まあこういう表情は年頃の少女らしいと認めなくもない。
試合会場は白いテープで区切られたコート(って呼ぶのかな、剣道の場合)が十二面あって、防具ですっぽり体を覆った選手がその中を縦横無尽に動き回ってる。
同じ防具を身にまとっても、藍色と白色だったり、胴の色合い模様が違ったりと差異があるのはわかる。
しかし面が顔を隠しているために早月を探すのは困難を極めた。
一応垂という防具に高校と名前が書いてあるのだがこの人の多さだ。人ひとりを探すも一苦労だ。
高校でまとまっていればまだいいものの、今日は個人戦らしく、さまざまな高校の選手が入り乱れている。
「どうしたもんかな……」
「夏彦くんどうしたの?」
「ん? ああ、人を探してるんだが見つからなくてな。まあお前に言ってもしょうがないけど」
今回は早月を本人を探すので茜のサイコメトリーも期待できなしな。
本当にあいつの無効化能力は厄介すぎる。
「なっ、心外だよ! 私を誰だと思ってるの? 上泉家当代・忍者上泉茜とは私のことだよ!」
「御託はいいから考えがあるならさっさと話せ」
「夏彦くん……人に物を頼むときにその態度はどうかと……。でも好きだから協力しちゃう!」
「キモい」
「相変わらず冷たいんだからー。ま、いいや。人を探すんならやっぱりその人の高校の生徒に聞けばいいんじゃないかな? 『蛇の道は蛇』……ってね。人探しに限らず諜報の基本だよ!」
「なるほど」
単純だがうっかりしていた。
早月を応援しているのはうちの高校なんだからそれを探せば手っ取り早い。
茜のアドバイス通り、伊江洲比の制服を探して辺りを見回す。
「ええーと……あれだな」
四方を見渡していると、座席の一角を陣取る伊江洲比生が発見できた。
俺は、混雑で思うように動けなかったが、気持ちだけは早足でその集団に近寄った。
「あのーすみません」
「ん? どなた?」
俺の呼びかけに彼らは振り向き、一人の男が代表するように答えた。
校章バッジの色は赤。どうやら同じ二年生らしい。
そういえば廊下で何度かすれ違ってる気がしなくもない。
彼も剣道部員なんだろうが、頭のてっぺんからつま先まで全体的に細っこく、竹刀で叩かれたら折れてしまいそうだ。
さながらその姿は骸骨である。
「今失礼なこと考えただろう!」
「滅相もない」
ずいぶんと勘がよろしいようで。
彼も俺を同じ二年生だと気づいてかしこまる必要がないと判断したのか、最初よりくだけた様子でツッコミを入れてきた。
……ツッコミにくだけるとかくだけないとかあるのかな?
まあ、それはいい。
それならこちらも同族の匂いがしてならないこの男に気を遣う必要はない。
でもまあ、自己紹介は必要だよね。
「気を取り直して……俺は一宮夏彦。知り合いの応援に来たんだけどなかなか見当たらなくて……」
「一宮……?」
男は俺の名前を聞いて何かを思い出すように顎へ手をやった。
そして、合点がいったようでぽんと手を打った。
「ああ! あの有名人の!」
「はいぃ?」
俺が有名人とか初耳なんだけど。
一体どこで、どんなことで有名なんだか。
「一宮にちょっかいを出そうとするとどこからともなく現れる女に半殺しに遭うとか」
「そんな出来事は俺も知らねえ!」
「汚い謀略を巡らせ学校のマドンナである中条愛歌を手籠めにしたとか」
「事実無根だ!」
「自分だけのハーレムを構築するどころか妹にまで手を出す鬼畜だとか」
「あれをハーレムと呼ばないでくれ……」
なんだか俺に関する噂が歪曲して伝わっている。
しかも中途半端に合ってるからはっきりと否定できないのが辛いところだ。
ていうか、俺の周りの人が有名人なだけでほとんどとばっちりじゃねえか。
「とにかく噂話には枚挙に暇がないあの一宮か! 塚原もよく一宮が鬼畜だとか話しているよ」
「なに言っちゃってんのあの子!?」
好き勝手いいやがって、大会が終わったら説教くれてやる。




