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忍者とストーカーは使いよう

 朝、目が覚めて時計を確認すると十時過ぎだった。


「やべえ、寝過ごした!」


 慌てて飛び起き、制服に着替える。


 海から帰ってきて以降、夜更かし上等、昼に起床ほ当たり前な夏休みモードで過ごしていたのですっかり生活リズムが崩れていた。

 おまけにスマホのアラームも今日に限って消していたのだ。

 だからとにかく今は急いで出かける準備をしなければ。


「ちょっとお父さーん。今何時だと思ってるのー?」


 部屋を出ると、俺が立てた物音に眠りを妨げられたらしい夏穂が目をこすりながら抗議してきた。

 さすがは俺の娘といったところか、朝の十時代にそんなセリフをほざけるやつも珍しい。


「知ってるか、夏穂。社会人は夏でもこの時間には出勤しているんだぞ」

「なにそれ怖っ!? ブラックなのは企業じゃなくて社会だった……?」

「何を言ってるんだお前は」


 まったく、このぐーたらは誰に似たんだか。

 うん、俺だよね。


 呆れていた俺をよそに、夏穂がこちらを見て首をかしげていた。


「あれ? お父さんは制服なんか着替えてどこ行くの? せっかくの休みなのに学校の制服なんか見るのは気が滅入るんだけど」

「お前なあ、夏休みも部活やらなんやらで学校に行ってる人たちだっているんだぞ」


 夏穂の言い分はわからないでもないけど。


「な、まるで私が高校生にあるまじき怠け者みたいな言い草だね!?」

「逆に違うと思ってたのか?」

「私だって忙しいんだからね」


 俺の言葉に腹を立てて頬をふくらませる夏穂。

 こういうところは微笑ましくもあるのだが……。


「で、何に忙しいって?」

「そりゃあもちろん、お父さんの行動を監視したり、お父さんの私物をあさったり……」

「即刻中止しろ」

「ええぇっ!?」

「驚くことじゃない! ……って、やべえ! 電車が行っちまう」


 夏穂の相手をしている場合じゃなかった。

 ただでさえ寝坊でかなり時間を食っているというのに。


「あ、お父さん!? そんなに急いでどうしたの?」


 そんな夏穂の問いかけはほったらかしにして一階に降りる。

 軽い朝食を摂ってから、手早く家を出る準備を済ませた。


「いってきます!」


 家を飛び出してから猛ダッシュで伊江洲比駅の改札を通り抜け、閉まりかける電車のドアになんとか体を入り込ませた。

 セーフ。思っていたより一本早いのに乗れてラッキーだったぜ――


『駆け込み乗車は大変危険ですのでおやめください』


 明らかに俺の対して言ってる車内アナウンスが流れると、他の乗車客の視線が突き刺さっていたたまれない気分になった。

 ……でもね、言い訳するわけじゃないけどね、駆け込み乗車よりも先に注意すべき危険な乗車方法があると思うんです。

 窓の外で、セミのように電車にへばりつく幼馴染を視界に捉えながら俺は一人思った。


 俺は学校の制服を着ていたが、電車で向かう先は学校ではない。

 そもそも母校・伊江洲比高校は我が家から徒歩で通えるので電車に乗る必要はない。

 行くのは富火とむかアリーナという市営体育館だ。


 そう、今日は剣道のインターハイ――早月の大会がある日だった。

 早月がきたるべき今日に向けて練習にいそしんだは俺が一番よくわかっているつもりだ。

 だからその成果を、勇姿を、この目で見届けたいと思うのは至極自然なことだろう。

 大会見学するにあたって、制服姿の高校生たちで会場がにぎわう中、私服なのは目立つだろうと制服で行くことにしたのだ。


 開会式の時間はすでに過ぎていた。

 もう第一試合もとっくに終わっていることだろう。

 早月が初戦で負けていなければいいのだが。


 ……っと、俺が信じてやらないでどうするのだろうか。

 早月の頑張りをあれほど知っている俺だというのに、悪い方向に考えが行ってしまう。

 千里眼を使ってでも様子を確認したいが、まるで早月の真っ直ぐさを体現したような超能力打ち消しのせいでそれも叶わない。


 通勤ラッシュもとうに終わっているこの時間帯は客もまばらで停車時間は短く、トラブルもなく電車は予定通り運行している。

 だというのに、途中の駅に停車する度にタイムロスしている気がしてもどかしかった。


 家を出てから丁度一時間が経ったころ、電車はようやく富火駅に到着した。

 気がはやって小走りになりながら駅を抜けたまではよかったが、初めて来る場所なので土地勘もなくてすぐに立ち止まってしまった。


 落ち着け俺。慌てても何もいいことはない。

 迷って余計に時間を無駄にするのがオチだ。

 かといって富火アリーナまでの道順を地図でじっくり確認する時間も惜しい。

 じゃあどうするのが早いか――考えてる暇はなかった。


「茜、いるか?」

「どうしたの夏彦くん」


 呼びかけに応じて茜が近くの建物の上から飛び降りた。

 これには周辺の歩行者もぎょっとしていた。

 伊江洲比の地元住民はもうほとんど慣れきって生活の一部として馴染んでいたので、富火の人たちの反応はなんだか新鮮だ。

 ……なんて思ってしまう俺もかなりこの幼馴染に毒されているなあ、と頭を抱えたくなるがそんなことはどうだっていいんだ。


「富火アリーナまでの道を教えてくれ」


 聞きたいのはこれだ。

 といっても、多分俺と同じくこの辺の土地勘はないんじゃあないかなと思う。


「教えてくれ……ってそんな無茶ぶり、私も

 富火駅に降りるのは初めてなんだからね」


 ここまでは予想通りだ。

 さすがの変態でも俺の目的地までは調べてなかったらしい。

 けど最初から茜にそんな期待はしていない。

 ならば何故茜に道を尋ねたのか。

 それはもちろん、茜も俺と同様さぞ便利な能力をお持ちだからだ。


「茜が道を知らないのは織り込み済みだ。だからサイコメトリーを使うんだよ。今朝、竹刀や防具を持った高校生がたくさん通ったはずだ。その集団の行き先を追ってくれ」


 大会があるんだから選手もいる。

 ましてや剣道は道具が目立つからそうそう間違えることもないだろう。

 最初からあてにしてたのは茜のサイコメトリーだ。


「わかった、やってみるね。……こっち!」


 茜が過去を読み取り富火アリーナへの道をたどる。

 俺はそれに追従した。

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