ガチンコファイトforクラブ
夏とはいえ、日が落ちれば浜辺は潮風で冷える。
それに見通しが悪い暗闇の中で泳いだりするなんてのはもってのほかだろう。
沖に流されでもしたら危険すぎる。
だから特に浜辺に残る理由もなかった俺達は着替えの置いてあるコテージへと移動した。
そして濡れたままでは風邪を引くので、全員水着から着替えた。
あとはコールマンの運転する車に乗って帰るだけ――でもよかったのだが、俺達にはやらければいけないことがあった。
即ち――
「そのカニもらったぁっ!」
「あ、お兄ちゃんずるい! それ私の!」
「一宮兄妹暴れない! 先輩、食事中は静かにしてください。千秋も急に立ち上がらない。ほこりが舞うでしょ!」
――カニしゃぶ!
コテージには中条家が所有するだけあって鍋一式も完備されていた。
まあ無くてもコールマンに言えばすぐ用意してくれるんだろうけど。
だからこうしてカニしゃぶで盛り上がっているわけだ。
気分が乗りすぎて早月に注意されてしまったけれど。
「そこの一年生の言う通りだ。一宮は食い意地張ってみっともないぞ。だけど上泉さんはもっと食べた方がいい。このカニは元々君のなのにさっきから野菜ばっかじゃないか。どれ、僕がよそおう」
「須藤くんは余計なことしないで。私の前に出られると夏彦くんの顔が見えないでしょ。……夏彦くん、食べてるところもかっこいいなあ」
須藤がなんか言ってる。
食い意地張るのがみっともないだと? 甘すぎる。
食卓は戦場、甘さを見せたものから飢えるのだ。
そして茜は俺に向けて気色の悪いねっとりとした視線を注ぐんじゃない。
「茜さんがまたお父さんに色目使ってる……本格的に排除する算段を立てないと……」
夏穂は夏穂で地味に物騒なこと呟いてるし。
あとなにげにカニをたくさん食べてらっしゃる。
さすがは俺の娘、食い意地張ってるぜ。
だから俺も――
「今度はそっちのもらうぜ!」
「あっ、ノミヤてめえ! それは俺が狙ってたのだぞ! てか一人で食いすぎだろ!」
「神田は早い者勝ちという言葉を知らないのか?」
「お前こそ少しは遠慮というもんを覚えやがれ!」
「うっせえ! この世はなあ……弱肉強食なんだよ!」
「じゃあ俺はお前に勝つ!」
神田も強情なやつで、俺が先に取ったカニを掴んで離さない。
ふっ、俺に力勝負とはいい度胸じゃないか。
曲がりなりにも茜の幼馴染は伊達じゃないというところを見せてやる!
「うおおおっ! このカニは俺のもんだ!」
「こなくそ、ノミヤごときに負けてたまるか!」
なっ、こいつ意外にもしぶといぞ。
だがまだまだだ!
「一宮くんも神田くんも、喧嘩するのはいいけどもう少し静かにしてくれないかなあ……」
「まあまあ、佐々木さん。食事は賑やかな方が楽しいじゃありませんか。ねえ、コールマン?」
「ええ、お嬢様。若い方々は元気が有り余っておられるようで……年甲斐もなく嫉妬してしまいますな。……ふむ。では私も少しばかり張り合ってみましょうかな」
急に、コールマンがカニの奪い合いに乱入してきた。
まるでブラックホールに吸い込まれるかのように、カニが尋常ではない引力で離れていく。
おいバカやめろ。
だから生身の人間相手にあんたみたいな人外が参加するのはレギュレーション違反だって!
「勝ちました」
コールマンが拳を手に掲げてウイニングポーズを取る。
大人気ないとは思わないのかな、この人。
「……中条さんが焚き付けたせいで余計に騒がしくなった気がするんだけど」
「気のせいですわ」
喜怒哀楽混じり合うカニしゃぶパーティーも終盤には騒ぎ疲れたのか、一部の人外を除いてみんな憔悴しきっていた。
まあ発端は俺だけどね。てへぺろ。
カニしゃぶも終焉を迎え、みんな動く気力すらないのでなし崩し的に泊まることになった。
いや、そもそも最初から帰る気なんてなかったんじゃないかと問われると怪しいけども。
ともかく、このコテージで一夜を明かすことにしたのだ。
当然ながら男子と女子は部屋が別。
高校生男子三人組は相部屋だ。
「上泉さんと一つ屋根の下! これはもう天の与えたチャンスだよなあ、一宮」
そこでは須藤がいけない使命感に燃えていた。
「夜這いとかすんなよ? 股間にぶら下がってるもんが文字通り再起不能になっても知らねえぞ」
というか再起不能なんて生易しいもので済めばいいけど。
「や、やだなあ。僕は君みたいなすけこましと違って紳士なんだ。そんな卑劣なことするわけないだろう」
「女をストーキングしたり、人の上履きに画鋲入れるなんて陰湿な嫌がらせをする人間を紳士とは言わない」
「一宮……人間にとって大切な物は何だと思う?」
「あ?」
急にどうしたの、こいつ。
頭でもいかれたのかな? 元から茜に惚れるようないかれ野郎だけど。
「それは未来さ! 人は過去に囚われない素晴らしい未来を創っていく気概が必要なんだ。終わったことをグチグチと蒸し返すなんて女々し――ぐぼぁ!?」
「あ、すまん」
綺麗に決まったなあー、右ストレート。
「一宮! 何をする!」
「過去に囚われてないで未来に生きようぜ!」
「それとこれとは話がべつぶあわっ!?」
「すまん、手が滑った」
さすがに須藤も学習するだろうとフェイント攻撃を仕掛けたら、見事に引っ掛かってくれた。
ちょろいもんだぜ。
「……すみませんでした」
「わかればいい」




