猪突妄信須藤くん
砂浜に敷いたビニールシートの上で無気力に寝転がっていると、不意に視界が豊満なバストに塞がれた。
「じゃん! 夏彦くん、どうかな私の水着姿!」
「あーはいはい。似合ってる似合ってる」
茜がこれ見よがしにポーズを取っているので褒めてやる。
どうだ、これで満足か?
「そこまで投げやりにされたら私拗ねちゃうからね!」
「勝手にやってろ」
というか自分で拗ねるとか宣言するなんて聞いたことがない。
「夏彦くんひどい!」
適当に返してたら茜は本当に拗ねてしまったのか、しゃがみ込んで砂いじりを始めた。
「一宮! 君は何をやっているんだ!」
今度は何だ。
……ってなんだ須藤か。
「須藤こそ何やってんだ。さっさとビーチパラソル持ってこいよ。陽射しが暑くてたまらん」
「君のそのふてぶてしい態度にはある種尊敬の念を覚えるよ……じゃなくて! 上泉さんにもっと優しくできないのか! 上泉さーん、水着がよく似合っているよー。その可憐な姿は野に咲く一輪の薔薇のようだ!」
可憐。ここまで茜に不似合いな言葉があっただろうか。
一輪の薔薇とはなんだ、周りの花から栄養を奪い取って一人だけ傲慢に咲いているという比喩か? よくできた喩えじゃないか。
「須藤くん……! ビーチパラソルまだ?」
「はっ、ただいま!」
報われねえなあ……賞賛の言葉に感謝の一つもないとは。
俺としては茜より須藤の方が可哀想に見えてくる。
須藤がビーチパラソルを取りに行くと、茜はまた砂をいじり出した。
「どうせ夏彦くんは私みたいなストーカー女嫌いだよね……」
「うん。すげーキモい」
「一宮ァ! 上泉さんが可哀想だと思わないのか! あっ上泉さん、パラソル持ってきたよ」
「俺はお前の方が可哀想だと思う」
どうせ茜のは演技だし。
ハリウッド女優ばりの演技力だが幼馴染である俺の目は欺けない。
腐っても長い付き合いなので茜のことはそれなりにわかってるつもりだ。
「須藤くん、なんで手を止めてるの。さっさとパラソル立てて」
「はっ、ただいま! ……で、僕の方が可哀想とはどういうことだ。僕の頭が可哀想だと言いたいのか? 僕がバカだと言いたいのか、そうなんだな一宮!」
「そういうところだよ」
茜の顔見てみろよ。
俺に罵倒されてもまったく動じてないぞあいつ。
「何を漫才してるの、お父さん。せっかくの海なんだから遊ばなきゃ!」
「ん、夏穂か。うむ……普通だな」
夏穂は頭のてっぺんから足の先まで、特筆する部分のない極めて標準的な体型をしている。
夏穂は温泉旅行で裸体を見たので、いまさら水着とか見ても感動少ないなあ……。
「普通って……もうちょっと言うことないの? ほらほらー、可愛い娘の水着姿だぞー」
自分で可愛いとか言っちゃうなよ。
「……お、お父さん? 娘? まさか子持ち!? え、い、一宮……君は……き、き、君は! 高校生としての在り方を大きく逸脱してるんじゃあなかか! み、見損なったたぞ!」
「噛んでるぞ」
どんだけ驚いてんだ。
須藤が激しく狼狽していた。
こういう反応も久しぶりだなあ。
というか話してなかったのか。
そういえば夏穂は移動中は昼寝していたんだっけ。
「き、君は、その年で子持ちだなんて責任感というものが欠如しているんじゃあないのか!?」
「毎度毎度、なんでみんな俺が親だという事実をすんなり受け入れられるわけ?」
お願いだからおかしいって、夏穂の年齢で気付こう?
なんで気が付かないの?
実は俺が平均的な学力だと思っていた伊江洲比高校は県内屈指のバカ学校だったのか?
それならあの千秋が入試に通ったのも頷ける。
……バカ学校で赤点しか取れないのはかなりやばいけど。
「一宮、上泉さんが許しても僕はお前を許さないぞ! まさかその年で隠し子とは、一体誰との子どもだ!」
「隠し子じゃないから。違わないけど違うから」
なんで俺は浮気を問い詰められているみたいになっているんだろう。
それも男から。
「自分の子じゃないって!? 君、認知してないのか! 恥を知れ!」
「誰もそんなこと言ってない。恥ずべきはてめえの脳みそだ」
「なっ、逆ギレか!? そっちの君、夏穂さんとか言ったな。安心したまえ、僕がこのろくでなしを必ずや更生させよう」
「ほぼ初対面の方に父をろくでなし呼ばわりされる筋合いはないんですが……え、まじ誰?」
夏穂と須藤の二人は一応顔合わせはしたものの、会話という会話がなかったので夏穂の方が警戒していた。
いやしかし、未来では須藤との面識もあるような話しぶりだった気がするが……。
「ほら、前に話した茜の元ストーカーで手下の……」
「あー、須藤さん。……え? えっ、これ!? 嘘、これ!?」
おい、未来で何があった。
「なんだかわからんが、人に向かって指差したり、これ扱いするのは失礼だと思わないか? ……やはり一宮の子だけあるな」
「おい、俺はお前に失礼を働いた覚えはこれっぽっちもないぞ」
むしろ君の方が散々失礼なことしてくれたよね?
忘れたとは言わせねえぞ。




