怠け者の妹と
「ただいま」
……って、しまった。帰ってきてしまった。
上履きの画鋲や脅迫文に茜が関わっているのなら、愛歌に助けを求めるよりも本人に言った方が早いと思ったのだが機会を逃した。
茜ならすでに知ってるかもしれないし、有事の際には犯人の命に関わる。
善良な高校生の命が失われる前に釘を指しとかなければ。
……と、考えていたのだが、夏穂に帰りを誘われたこともあってそのままずるずると帰宅したわけだ。
でもなあ……気分が乗らないんだよなあ……。
上泉邸という伏魔殿に自ら門を叩きに行くのは気が引けるのだ。
あのストーカーのことだし機会はいつでもある。明日でいいか。
「あ、お兄ちゃん、夏穂ちゃん。おかえりなさい」
まだ四時頃だというのに、リビングでは千秋がいつものようにドラマの録画を再生している。
「おい、部活はどうした」
「え? 疲れてたからサボったよ?」
なんだその何か問題でもありますか、とでも言いたい表情は。
どうしてうちの妹はこんな不真面目なんだろう。
「叔母さんって昔から自由奔放なんですね……」
「未来でもこんな感じなのか」
「う、うん。だいたい変わってないかな」
「んー? 夏穂ちゃんは何か私に文句でもあるのかなあ?」
千秋は微笑みながら夏穂を威圧している。
な、なんか怖いぞ。
「い、いえ……」
「そっかあ! …………チッ、新しい調教具を試すチャンスだったのに……いやむしろ問答無用で……」
なんか千秋が小声で物騒なことを言っている気もするが、触れるのも怖いので黙っておこう。
「あっ、そうそう。そういえばさっちゃんからお兄ちゃんに伝言があるよ」
「早月から? メールか電話で言えばいいのに」
「メールだとお兄ちゃんが返信しなきゃとか気を遣わせちゃうだろうし、電話だと……これはまあ、言わないほうがいいのかな……?」
「千秋?」
「まあ、さっちゃんなりにお兄ちゃんに迷惑かからないように考えてるんだよ」
「そうなのか」
たしかにメールは返信が面倒だからありがたいけれど、それなら電話でいいと思うんだけど。
「で、早月はなんて?」
「うん。『これからは自己管理をしっかり行うので朝練に付き合っていただかなくて結構です。ご飯も毎朝食べてるので心配しないでください』……だって。てか、さっちゃんとお兄ちゃんそんなことしてたの?」
「まあな」
心配しないでくださいと言われたって、今までも大丈夫と言いながらぶっ倒れてたからなあ……。
心配は心配だが行かないほうがいいのかな。
この前は助かってると言われたが、やっぱり俺がいると気が散るだろうし。
「たしか剣道部って朝練無しじゃなかったっけ? それなのに自主連なんて真面目だねえ」
「本当にな。放課後の活動をサボるどこぞの誰かさんに爪の垢を煎じて飲ませたいよ」
「だけど、部外者なのにそれに付き合うお兄ちゃんはもっとやばいね」
「お父さんは女たらしだから」
「おーい、千秋ちゃん? 都合の悪いことが聞こえないふりはやめようか。そして夏穂は俺に変な悪評を付け足すんじゃねえ」
誰が女たらしだよ。
俺はいまだに彼女いない歴イコール年齢だというのに。
千秋は千秋で言いたいことを言い終わったらまたドラマ見てるし。
まあいいか。テレビは千秋に占領されて見れないので、自分の部屋へ行くとしよう。
「あ、お兄ちゃんちょっと待って」
「あ?」
リビングのドアに手をかけたところで、千秋が声で引き留めてきた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ」
「キトウシって何?」
キトウシ……? 祈祷師のことだろうか。
ドラマのにでも出てきたのか?
さっきちらりとテレビの映像が目に入り、内容まではわからないまでもそれっぽい雰囲気はあった。
うん、いいだろう。
ここはばっちりと答えて先ほどの汚名返上、兄としての威厳を取り戻させてもらおう。
「祈祷師っていうのはな――」
「あ! もしかして男性器の先端部に精通している人のこと?」
「そんな汚らしい勘違いをしたのはお前が世界で初めてだと思う」
端的にお祈りをする人と言えば胡散臭く感じるけれども、歴史は古く神事に携わる神聖な職業だというのに。
「なんだ違うんだ……どうりでドラマの展開が理解できないわけだ……友達とも話が噛み合わないし」
「おい。お前もう学校にいる間は口閉じ
てろ」
あんなイカれた勘違いをしたまま友達と話してたのかよ。
千秋がしゃべると兄の俺まで悪評がついてまわりそうなので本気でやめてほしい。
「で、本当はどういう意味なの?」
「辞書でも引いときなさい」
なんかもう、この万年脳内まっピンクの妹を相手するのは疲れる。
兄の威厳とかどうでもいいや。
さっさと自分の部屋に行ってエロゲやろう。
宮子ちゃんルートがそろそろクライマックスだからな。




