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梅雨はつらいよ

 ふと、窓の外を見るとあじさいがところどころで咲いていて、その花びらには強く打ちつけられた雨水がしたたっていた。

 ――梅雨か。


「おい、何をよそ見している」

「あいたっ」


 教壇に立つ世界史の梅島先生の手から放たれた白い棒は、綺麗な放物線を描いて俺のおでこに直撃した。

 いるんだね、今どき本当にチョーク投げる教師って。

 にしても、目の前の賢いバカが寝ているせいで教師から丸見えになった俺が矢面に立たされているのは気のせいだろうか。

 あとで抗議しておこう。

 そんな俺の内心を知る由もない神田バカは授業の終わりを告げるチャイムとともに顔を上げた。


「お前はなんで毎度毎度そうタイミングよく起きられるんだよ」


 先生が授業延長したときにはちゃっかりと居眠りも延長しているし。


「あー、あれじゃね? カクテルパーティー効果ってやつ。ほら、電車で寝てても降りる駅で起きられるやつ」

「もしかしてお前が寝ながら授業内容を完璧に理解してるのも?」

「カクテルパーティー効果」


 すげえなカクテルパーティー効果。


「ま、それだけじゃねえと思うけど。俺ってば天才だから他人とは脳の造りが違うのよ」

「実際正しいのかもしれないけど自分で言うなよ、ムカつくな」


 神田、というか神田に限らず俺の周りのやつらは謙虚さというものを学ぶべきだと思うんだ。

 俺も人のこと言えないけど。


「脳の造りが違う人間がいるというなら興味深い医学的事実ですわね。今後の医療発展のためにも中条家の抱える医療チームでもって、解剖及び研究をさせてみたいですわ」

「怖っ! やめてください」


 話を聞いていた愛歌の提案に、神田は顔から血の気が引いていた。


「あら、冗談ですわ。そんなことしたら日本の司法が許しませんもの」

「中条さんが言うと冗談に聞こえないんだよ……」


 たしかに。

 愛歌なら金の力で法律の一つや二つねじ曲げるくらいはできそうだからね。


「まあ! 神田さんったら人聞きが悪いですわ。夏彦さんもそう思いませんこと?」

「ノーコメントでお願いします」

「あらまあ。でも死後に献体として名乗り出てくれるなら大歓迎ですわよ? 中条家は医学系の産業にも携わっていますから」

「えっと、考えておきます……」

「帰り道は黒い服来た人に気をつけろよ」

「ノミヤ!? 不吉なこと言うなよ!」

「冗談だ」


 俺が拉致するとしたらそんな見るからに怪しい格好はしないからね。

 そもそもコールマンが本気出せば注意する間もなく神田などさらうことはできるだろうし。


「だから冗談に聞こえねーんだって……」

「そんなに心配なさらなくても夏彦さんの友人で、修学旅行をともにする仲間でもある神田さんを……すぐには……どうこうしようとは思っておりませんわ」

「おい、こいつ小さい声で『すぐには』っつった! 俺の身に何が起こるの!?」

「でもそうですわね……梅雨の時期は足音や気配も消しやすいし、やっぱり今から……」


 愛歌はぼそぼそと何かを呟いてる。

 俺は何も聞いてないけど強く生きろよ神田。骨は拾ってやる。


「今から何!? 解剖はごめんだよ!? 俺の命のためにも梅雨よ、はよ終われ!」

「梅雨はじめじめして嫌になるよな。俺も雨は嫌いだよ」

「うっせえバーカ! こっちは生命の危機を感じてんだよ! 一緒にすんじゃねえバーカ!」

「人に向かってバカとか言うなよ。失礼だろ」


 え? 俺もよく人にバカって言ってるだろうって?

 ごめん、俺バカだから覚えてないんだ。


「それに雨が嫌いなのは本当だからな。今日だって突然降るものだから、たたむのが面倒な折りたたみ傘を――やべえ、傘家に忘れたわ」


 ホームルームが終わったらすぐに帰れる準備をしようと、カバンをまさぐっていたら傘がないことに気がついた。

 外はいまだ強い雨が降り続いている。

 さて、どうしたものか。


「でしたらわたくしの傘に入っていくといいですわ」

「お、マジか。サンキュー。……ということで、茜は心配せず先に帰っていていいぞ」

「あれ、気づいてた?」


 振り向くと、壁の隅に張り付いた茜がいた。

 気づいてた、というよりいつもどっかしらにいるから今も隠れているのだろうと話しかけただけだが。


「ちぇっ、今日は降りそうだから夏彦くんと相合い傘するチャンスだと思って、せっかく夏彦くんのカバンから傘を抜き取っておいたのに」

「お前のせいか、こんちくしょう。つーか、今朝はあんなに晴れていたのになんで降ると思ったんだよ」

「忍者たるもの観天望気ぐらいはできないとね」

「なにそれ」

「観天望気っつーのはツバメが低く飛ぶと雨、みたいな自然や生物から天候の予測をすることだな」


 さすが神田。知識だけは一丁前だな。


「皮肉ですわね。小細工をして敵に塩を送る結果になるなんてさすが平民、底が浅いですわ。先ほど言った通り、夏彦さんはわたくしと傘をともにするので、平民は平民らしく一人寂しく家へ帰っているといいですわ」

「くそっ……なんでノミヤばっかり……。女子と相合い傘ができるくせに雨が嫌いとか俺に対する嫌味か? 当てこすりか?」


 ……今年の梅雨はいつにも増して心労が絶えないな。

 神田よ、今の俺は女どもに振り回されて決して嫉妬されるような立場じゃないんだぞ……。

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