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衣服の下は……

 うむ、やはり温泉はいいものだな。ここの温泉施設が目玉にしている露天風呂に浸かりながらしみじみと思う。

 俺が意外に客がいないので、くつろいでしまって鼻歌など歌うくらいだ。

 いつでも姿を隠せるように定期的に脱衣所を千里眼で監視しているが、今のところ人の出入りはない。

 これならしばらくは安心してゆっくりできそうだ。


 ――パシャリ。


 ……ん? 何か変な音がしたような。

 周囲を見渡しても人はいないが……。


「ちょっと『視て』みるか」


 千里眼で男湯を空から俯瞰してみる。

 この能力の遠見ができる以外のもう一つのメリットだ。

 それは俯瞰の視点に移すことによって、徹底的な主観の排除ができることだ。

 まるで自分自身をテレビで見ているかのように、無関係の第三者の視点で見ることができる。


 やはり人影は確認できないが……見つけた。

 俺から見て右斜め前方にかすかな違和感を。

 俺はそこへ目掛けて、護身用にいつも離さず持っているクナイを投げた。

 手のひらに隠し持てるサイズとはいえ、一般人に対しては危険すぎる行為だがあいつの場合は問題ないだろう。

 なにせ茜と同等以上の戦いをした猛者だ。


「おっと、危ない」


 その男は自らに迫るクナイを、首にかけていたタオルを鞭のようにしならせて叩き落とした。


「何をやっている……というか、なんでここにいるんだ、コールマンさん?」

「いやはや、見つかってしまいましたか」

「まったく気がつかなかったぞ。茜みたいな人間やめてるやつなら姿を消すくらいわけないが、あんたも大概だよな」


 クナイを投げた先にいたのは、たくましい筋骨隆々の老夫……とまではいかないがかなり年を食ったように見える男性。

 カメラを片手に温泉に浸かっている中条家の執事、コールマンだった。

 まあ、何をやっているのかは聞かなくてもわかりますけど。


「偶然、夏彦様が温泉旅行へ出かけられるとの情報を手に入れまして。これは滅多に無い機会だと、夏彦様のヌードを撮影してくればお嬢様もさぞお喜びになりますでしょう?」

「なあ、偶然の意味って知ってる?」


 人のことを盗聴しているくせに、偶然聞きつけたとは白々しいことこの上ない。

 しかも、その情報でわざわざついてくる行動力といったら呆れるしかないわ。

 茜だって今回はストーカーして来なかったというのに。

 本人曰く、『さすがに新幹線に張り付くのは危険だし、休憩時間もあまり取れなさそうだから』とのこと。

 普通の人は電車にも張り付くだけでも死と隣り合わせだけど。

 とにかく、頭おかしいやつに金持たせたらろくなことにならないといういい例だな。


「ヌードは却下だ。そもそも裸体には自信がないからな」

「それは……その傷跡のことですかな?」


 コールマンが俺の右腕を見つめた。

 腕の、ミミズの這ったような傷跡を。


「ああ。小さい頃に凶暴な犬に噛まれたんだよ。あまりいいもんじゃないだろう」


 かなり昔のことだが、いまだに傷の消えない苦い思い出だ。

 今では少しコンプレックスにもなっている。


「その程度の傷ならば、お嬢様はむしろ男らしいと褒められると思いますぞ?」

「それは嬉しいが、やっぱり写真は却下だ」


 そもそも、同年代の女子に自分の裸を見られるってどんな羞恥プレイですか。

 傷以前に普通に恥ずかしいわ。


「そうですか。それは残念……とは簡単に引き下がりませんぞ。ならば交換条件でどうでしょう」

「交換条件?」

「はい。夏彦様が写真を撮られる代わりに、私はお嬢様の入浴写真を提供しましょう」

「え? なんだって?」


 なんかものすごい言葉が聞こえたような……ちょっと聞き間違えたかもしれないので、もう一度聞き返した。


「ですから、写真を撮らせて頂ければ、入浴中のお嬢様の写真を差上げますよ。さまざまなアングルから撮影してなんと全三十枚!」

「あんたそれ執事として大丈夫なの?」


 入浴中って、つまりアレでしょ。盗撮なんでしょ?

 バレたらクビ案件じゃないの?

 いや、コールマンがクビになれば愛歌が一歩エロゲーの魔の手からとおざかるので、俺的にはすごーくありがたいんだけど。


「夏彦様は何か誤解なされているようで」

「は?」

「写真はお嬢様が夏彦様に自分の魅力を伝えるためと、自ら私に撮影させたものですぞ」

「えー、俺的には見せるために撮られた裸ってなんか萎えるなー」


 覗きにしろなんにしろ、背徳感があってこそ盛り上がるものだからね。

 禁止されているとやりたくなるけど、やれと言われるとやりたくなくなるあの感覚に近い。


「そうですか……そこまで言うのなら諦めましょう」

「……何枚だ?」

「はい?」

「何枚写真を撮ればいいんだ?」

「あ、お嬢様の写真欲しいんですか」


 もちろん。

 いらないとは一言も言ってないし。

 いろいろとお盛んな男子高校生だからね、しょうがないね。


「ではとりあえず十枚ほどお願いします」

「よっしゃ任せろ」


 愛歌の写真ゲットだぜ。

 そして、あらかた写真を撮り終えたあと。


「ありがとうございました。では、私はこれにて」


 コールマンは一人浴場から去っていった。

 ……ってあれ? 写真はどうした。


「もしかして騙された?」


 なんて心配は杞憂だった。

 脱衣所に戻ったあと、俺の服の上に写真が入ってると思われる封筒が残されていた。

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