縁結びの神社
「パワースポットという割には観光客が少ないな」
夏穂の提案で訪れた縁結びの神社。
観光スポットとして人気があるという夏穂の弁に反し、境内は閑散としていた。
「うーん、交通手段が駅からの徒歩だけだもんね。それなのに三十分くらい歩かされたし」
そう、観光ガイドに乗るくらいには名のある観光スポットであるにもかかわらず、近くにはバス停の一つもなかったのだ。
そのため、駅から神社まで続く林道を長時間歩かされることになった。
「今日が平日だからってこともあるんだろうが……こんな林の中で人気のない神社っつーのも不気味だよな。夜なんかおばけとか出そうで」
「なっ!? 怖いからやめてよ!」
「夏穂って結構怖がりなのか?」
「そうなのかもしれない……自覚はなかったけど。だから早くお参り済ませて帰ろう」
夏穂が俺の腕を強く引っ張った。
「……ここに行きたいって言ったのお前だからな?」
自分勝手なやつだぜ、まったく。
神社の拝殿に到着すると、夏穂が少し驚いたような声で言う。
「なんというか……慎ましやかだね」
拝殿はとても小さかった。
境内の敷地がやけに広かったために、余計にギャップが大きい。
でもこういうのは信じる心だからな。
物の大小は関係ないはずだ。
「質素な神様なのかもな。早く参拝したらどうだ?」
「お父さんは?」
「俺はいいよ」
変な縁が結ばれたら困るもん。
「えー。せっかくだからお参りして行きなよ。ここまで来てお参りもなしに帰ったら神様にも失礼じゃない?」
「そういうもんかな。ならやっぱり……」
俺ってば、こう見えても信仰心には厚い方だと自負している。
夏穂の言う通り、冷やかして罰が当たるのも怖いし参拝しておこう。
えーと……早月あたりと縁が結ばれますように。
うん、早月なら問題ないな。毒舌なのが玉に瑕だが、努力家で料理もできるいい子だ。親族でもない。
ああいう子なら彼女にしたいとか思うんだけどね。
だから間違っても茜とかとくっつけようとしないでね、神様。
「終わったー? じゃあ次私の番ね」
待ってましたと言わんばかりに、夏穂は意気揚々と賽銭箱に五円玉を放り投げる。
そして、二礼二拍手一礼をすると共に願い事を口にした。
「お父さんと結婚できますように」
「改めて聞いてもぶっ飛んだ発言だよな」
傍から聞いていると気でも狂ったのかと心配するぞ。
「えー、未来では近親婚なんて常識だって」
「お前のイマドキって未来のことを言ってるのか? 未来での常識を現在に当てはめないでほしいんだけど」
というか、そんな常識が未来でまかり通ってるなんて信じたくない。
たぶん嘘だよね。
「でもほら、平安時代にはかの有名な藤原氏だって近親婚を繰り返してたくらいだし……」
「過去の常識も今では非常識だからね? そもそも現行法上で日本は近親婚を認めてないから」
「なら神田さん辺りを政治家として当選させて法律改正をしてもらおう。あの人の頭脳と私の記憶操作能力があれば夢じゃないよ!」
「何その無駄に壮大な計画!?」
マジで実現可能に思えるところが性質が悪い。
もしも夏穂が本気のつもりなら、俺はあらゆる手段をもって神田の大学進学を妨害せねばならないところだ。
あいつの場合、やろうと思えば大学なんぞ行かずとも政治家になれるポテンシャルがある気もするけど。
「もしくは事実婚でも可!」
「だから結婚はしないって……」
本当に、どうして俺は娘からこんなにもベタ惚れされているのだろうか。
別に顔も性格も極めて普通だし、ここまで好かれるような要素は自分でもないと思うんだが。
「ちぇっ。じゃあ神様のお力でお父さんが心変わりするまで気長に待つしかないね」
「今のところ心変わりする予定はないけどな」
「はいはい。じゃあ次のところ行くよ」
「なんでお前はそんなに自信ありげなんだよ……って、おい! 俺を置いてくんじゃねえ!」
***
一日の締めはこの旅行のメインイベント、温泉だ。
例の神社からもう少し歩いたところから出ているバスに乗り、温泉施設へとやってきた。
本格的な湯巡りは明日行うとして、今日はこの温泉で溜まった疲れを癒そうと思う。
「お父さん、せっかく温泉だからって覗いちゃダメだからね?」
男湯と女湯で別れる前、夏穂は指でバッテンを作って見せた。
「覗かねーよ」
「そっか、お父さんの場合千里眼を使えば覗く必要ないもんね! じゃあ仕方ないね!」
「一人で納得するな! 覗かないから!」
俺の娘が父親に冤罪を被せてきて困ります。
いや、たしかに夏穂が娘だとわかっていても実感はないし、ともすれば普通の同年代の女子だ。しかも美少女。
興味がない訳じゃあないんだけどね?
……でも、そうか。よく考えてみると、千里眼を利用すればあんなことやこんなことが……。
夏穂の言う利用方法は前向きに検討してみよう。
今日が平日な上に、時間が時間だからだろうか。
脱衣所には俺以外の利用客は見当たらなかった。
温泉の方へ行き、戸を薄く開けて覗いてみる。やはり誰もいない。
これなら気兼ねなく入浴できそうだ、と右腕を覆っていた手を離して洗い場に向かった。




