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お昼ご飯は是非もなく

 当初の予定通り美術館見物を済ませ、バスで移動していた。

 ただ、思ったより回るのに時間がかかったので疲れてしまったな。

 そんな俺とは対照に夏穂はまだ元気があり余っているみたいだった。


「存外良かったよ、美術館!」

「そうかそれはよかった。ガラスというよりは香水の美術館だったけどな」


 うん、確かに香水の瓶もガラスだけどね。

 昔の王族の女性が使っていた香水なんか見せられても男としてはどうでもよかった。


「でもあれ良くなかった? ほら二階の入り口にあったあれ!」

「あー、あれなー……」


 多分、夏穂が妙に食い付いていたあれのことだろう。


「可愛かったよねえ」

「そ、そうか」


 正直に言って俺にはちっとも理解できなかったけれど。

 あそこのどこに可愛さを感じることができたのだろう。

 千秋といい夏穂といい、一宮の女は理解しかねる芸術的感性をお持ちなのかもしれない。


「ま、いいか。じゃあ昼も近いし飯でも食うか」

「ご飯? 何食べるの?」

「決めてない」


 そこは旅行に出かけてから予定を決めるような俺の行き当たりばったり精神である。

 とりあえず観光地なれば適当な飯屋でも見つかるかなと思っていたのだ。

 ただ、土地勘もない上に、温泉や美術館の他に何かあるでもない町だ。

 そう上手くはできてない。


「おとーさーん……もうお昼だよー……。まだ見つからないのー?」

「だな。歩き回ってれば見つかると思ったんだけど」

「どこに行くか決まってすらいなかったの!? なら最初からお父さんの千里眼で食事できるところ探せばよかったんじゃ……」

「あ、その手があったか!」


 まったくの盲点だった。

 とはいえ、こうやって町の散策もまた旅の一興ということで許してほしい。

 しかし、このまま歩き続けるのも疲れるので素直に千里眼で視るか。


 …………あ。


「すまん夏穂、ここいらに店ねえや。駅の方まで戻るぞ」

「そ、そんなあー……」


 いや、ほんとごめんね。


 で、ケーブルカーの駅前まで戻った。

 線路の先は登山のためのロープウェイ乗り場へと続いているらしい。

 そのすぐ側にある蕎麦屋で昼食をとることに決めた。


「時間かかるねえ……」

「昼時だからな」


 皆昼食の時間の上、近くに他の飯屋もない。

 さすれば混雑も必然といえよう。

 なんて思っていたが、飯屋を探して時間を潰していたためか、先に入ってた人たちが同時に食べ終わった。

 そのおかげで前の列は簡単にさばけて、すんなりと入店することができた。


「何にするか決まった?」

「俺はこの蕎麦天丼セットにするわ」


 歩き回って疲れた体にはちと重いかもしれない。

 だが、これからの予定に備えるためにも、しっかりと食べて体力を回復しておきたい。


「私はこの山菜そばにしとこうかな」


 夏穂は女性らしくヘルシーなメニューだった。

 これでもカロリーとか気にしてるのかな?


「そんなんで足りるのか」

「問題ないよ。それにほら、お父さんってエロゲーで真っ先に細身の子を攻略するでしょ? だからスレンダーな方がいいのかなって」

「おい。その口縫い合わせてやろうか」


 なんで夏穂が俺のエロゲーの攻略傾向を知ってるんだ。

 あと公共の場でそういう話をするんじゃない。

 ここは秋葉原じゃないんだぞ。

 いや、アキバならいいってことじゃないけど。


 しばらくして、先ほどの会話を聞いていたのか女の店員さんがしかめ面で料理を運んできた。

 マジでうちの娘がすみません。

 申し訳なく思っている俺をよそに、夏穂は先に食べ始めていた。


「……こんなものか」


 なんなのこいつ!?

 こんなものか……じゃねえよ!

 お店の人たちの視線がとても痛いんですけど。


「お父さん。この付近で店出せば儲かりそうだよね」

「お前の口を熱圧着してやろうか」


 夏穂的にはこの辺りに食事処がないから、店を構えればそれなり人が入るというニュアンスの発言なんだろう。

 というか、そうだと信じたい。

 でも今のタイミングだとこの店のレベルが低いから自分たちでやればもっと売れる、みたいな意味合いとして捉えられてもおかしくない。

 ほら、なんかいろんな人から睨まれてる。


「夏穂。とりあえずお前は空気を読むことを覚えようか」

「へ? なんのこと?」


 娘が天然ボケすぎて困る。

 もう気にするだけ無駄だなこいつは。

 いい加減に俺も食べ始めるか。

 時間経ったら蕎麦も天丼も冷めちまう。

 まずはこのさつまいもの天ぷらを摘んで一口。


「……こんなものか」


 あ。

 自分の失言に気づき、店員たちを見回してみると冷たい視線が突き刺さる。

 いや、でもしょうがないよこれ。

 まずいわけじゃあない。むしろ美味しい部類だと思う。

 天ぷらの衣はサクサクしていながら脂っこさは感じられず、なおかつさつまいものほくほく感も両立されていた。

 けれども店で出すレベルとしてなにか足りないものを感じる。

 その結果が……こんなものか、という評価である。

 決して俺は悪くない。こんなもの作る店側が悪いんだ。

 ごめんね、夏穂。ひどいこと言って。

 まあ、思っても口に出すことじゃあないから、俺も口に出しては謝らないけど。


 店を出る時に、夏穂に頼んで店員たちから俺たちの会話を記憶から消してもらった。

 別に、また会う訳じゃあないからいいんだけれどあのままだと心持ちがよくなかったので。

 これにて万事解決だ。あー、よかった。

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