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旅行は計画的に

 俺たちは目的の温泉地に到着した。

 着替えは現地で買うとして、とりあえず旅館に荷物を置きに行こう。

 予約していた旅館にチェックインし、宿泊部屋で荷物整理をしながら、夏穂と今後の予定を相談する。


「それで、このあとどうする?」

「どうするって、温泉に入るんじゃないの?」


 まさかそんなこと質問されるとは思っていなかったのだろう。

 何を聞くまでもないことを、とでも言いたいのか夏穂は少し呆れ気味に言う。


「そりゃそうなんだけどさ……ここは温泉以外でもちょっとした名所だからな。他に行きたいところはないかなあと思って。歩き回って疲れたところを温泉で癒やされるっていうのも悪くないだろ?」

「なるほど! さすがはお父さん、一理あるね。で、名所っていうのは?」

「ああ。俺もさっきパンフレットを見て知ったんだけど、この辺りってやけに美術館が多いんだよな」


 そう。ここは温泉の町であると共に美術の町でもあったのだ。

 温泉はそこそこ有名だけど、美術館が多いのは知らなかった。

 美術館ごとにいろいろとテーマがあるのだろうけど、ガラスとか彫刻の美術館は面白そうだ。


「うーん、美術館ねえー……」


 ただ、夏穂の食いつきはちょっと悪いみたいだ。


「なんか乗り気じゃないな」

「だって私芸術センスとかないからねえ」


 あー、なるほど。

 夏穂は美術館なんて頭のいい人が行ってそうなオシャレ空間の空気は自分に合わないとでも思っているのだろう。

 だがそれは杞憂だ。

 実際美術館に訪れる人間でちゃんと絵画の価値がわかったり、正しい審美眼を持っている人なんて一割にも満たないだろうから。俺の偏見だけど。


「夏穂よ。漫画とか読む時、多少デッサンが狂っていても話が面白ければ気にならないだろ?」

「え、えっと、うん」

「つまりそれだ」

「どれっ!?」

「芸術センスが皆無でも、好きな絵を見て好きだなと思ったり、すごい描き方をしている絵を見てすげえって思ったりすればもう美術を楽しめているんだよ。分からなければ壁とかに書いてある解説を読んですげえって思えばいいんだ」

「もはや絵すら見ていないよ!?」

「チッチッ、わかってないな。あらゆることに感動する、それこそ美術館の楽しみ方なのだよ」


 いつだか家族旅行でとある美術館を訪れた時だ。

 どう見てもガラクタ――俺には価値の理解できない奇抜な美術品を見た千秋が、やけに興奮してその良さを語っていたが、それはまさに俺の理想とする美術館の楽しみ方だと思う。

 千秋はなぜあんなゴミ――謎の物体に盛り上がっていたのだろう。

 現代アートは謎が多すぎる……。


「……まあ、お父さんが行きたいなら行ってもいいけど」


 夏穂には俺の力説にも微妙な反応を示した。

 そんなに興味ないのか……美術館。


「美術館はいいとして、神社行ってみたくない?」

「神社?」


 もしかして夏穂は神社仏閣マニアなのかな。

 年頃の娘にしてはなかなか渋い趣味をお持ちで。


「うん。パンフレットにあったんだけど……ほらここ」

「結構遠いな」

「まあ確かに……でもここ縁結びの神様が祀られてるんだって。それに行くだけで運気が上がるパワースポットとしても有名だとか」

「縁結び……縁結び、ねえ」

「いいでしょ!?」


 そんな場所に訪れて、もし思ってもないのに誰かとの縁が成就されてしまったら……。


「恐ろしすぎる!」

「なにが!? 今の話の中で恐ろしい要素なんてどこにもなかったと思うんだけど」

「だって縁結びだろ?」

「うん」

「怖いじゃん」

「だからなにが!?」


 まったく、なぜわからないというのか。

 もしそんなところに行って茜みたいなとんでもない女との縁が結ばれてしまったらどうするんだ。


 ……とはいえ、今回の旅行の名目は夏穂へのサービス。

 できるだけ期待には答えてやるとしよう。


「ま、まあ、せっかくだからそこに行ってみるか。あはは……」

「さすがお父さん! 太っ腹!」

「で、他に行きたいところはあるか?」

「いや、私は特にはないよ」

「じゃああとは俺が決めちまうな。今日のコースはこんな感じで行こうと思うんだが……」


 俺が地図と観光パンフレットを照らし合わせながら、今日の道程を指でたどっていく。

 夏穂もそれを目で追っていた。


 まず、バスを使って美術館巡り。

 それが終わったら昼食を済ませ、ケーブルカーとロープウェイを利用して火山見学だ。

 そう、ここら辺の温泉はこの火山の恩恵によるものである。

 最近は噴火だ何だで立ち入り規制がされていたのだが、ようやく落ち着いてまた入れるらしい。

 それが終われば、夏穂の言っていた神社に行き、最後に温泉でしめる。

 あとは旅館に戻って終わりだ。


 うん。我ながら無駄のない完璧な計画である。


「……という感じでいいか?」

「うん、問題ないよ。それよりもお父さん私思うんだけど……」

「なんだ、夏穂」

「普通、こういう予定って出かける前に決めるものじゃない?」

「…………あ」


 確かに。

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