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家長の土産

「たっだいまー!」


 無駄にでかい声を発しながら、上機嫌で帰宅したのは父さんだった。

 あとに続いて母さんも家へと入ってきた。

 二人はここ一週間温泉旅行に出かけていたのだが、帰宅が今日だったとは忘れたていた。


「なんだ、うるさいのが帰ってきたな」

「夏彦。親に向かってその口の利き方はなんだ! もっと親は大事にしないと」

「まあまあ、お父さん。夏彦もお年頃だから。そんなカッカしないで家族みんな仲良くしましょう? 怒るとせっかくのかっこいい顔が台無しよ」

「そうかあー、それはまずったなあ。でも母さんはどんな顔でも綺麗だぞー」

「まあ、お父さんったら」

「大事にされたいなら、まず親としての威厳を見せようぜ」


 帰ってそうそうバカッブルやってんじゃねえよ。

 あんたら一体何歳だ。


「辛辣だなあ。千秋に続いて夏彦まで反抗期とは……お父さん悲しいぞ!」

「いい年した大人の男が女々しいな……」

「まったく、お前は本当に口が悪いな。せっかくプレゼントがあるのにあげないぞー?」

「プレゼント?」

「ふっふっふ」


 最近、俺の勘が妙に冴えている気がするのだが……その冴えが、父のプレゼントはろくでもないものだと告げている。

 でなければ父さんがこんな自信有りげに笑うだろうか。いや笑わない。

 なぜならば父さんは俺の絶対に信頼してはいけない人物リストの内の一人だからだ。

 といっても、ここまで聞いたら後には引けないだろうな。


「もったいぶってないでさっさと言えよ」

「いいだろう、聞かせてやる。なんと父さん……旅先の旅館でやってた福引で、一日温泉旅行チケットを当てたのだ!」


 父さんはこれみよがしに二枚のチケットを持った手を俺の目の前に突き出した。

 温泉旅行で温泉旅行チケット当ててどうすんだよ。無限ループかよ。

 なんて呆れていると――


「「温泉旅行!」」


 左右から二つの声に挟まれた。


「千秋、夏穂。どっから湧いた」

「湧いた……って虫じゃないんだから」


 千秋が少し不満そうにする。

 俺の事を監視してる夏穂はともかく、千秋に対しては失言だったかな?

 大方リビングでいつものように恋愛ドラマの録画を見てて、父さんのバカでかい声を聞きつけたといったところか。


「それよりおじいちゃん。温泉旅行チケット当てたって本当?」

「うぐ、やっぱこの年でおじいちゃん呼びはちょっと悲しいな。まあそれはいいとして、チケットならここに――」

「ちょっと見せて」


 父さんは夏穂に尋ねられて見せようとしたチケットを、そのまま千秋に奪い取られる。


「うぅー……夏彦ー、千秋が怖いよお」

「めそめそするな、情けない」

「母さーん! 子どもたちが酷いよお!」

「はいはい。ちゃんと慰めてあげるからまずはリビングに行きましょう」

「母さん! 好きだ、愛してる!」

「私もよ、お父さん!」


 ……行ったか、バカップル。

 まったく、子どもたちの前で恥ずかしくないのか?


「ふむふむ、本当に温泉旅行チケットだね」


 千秋が奪い取ったチケットを検分している。


「ただこれ、ペアチケットだから行けるのは二人だけだね」

「なっ!? ということは」

「うん、私とお兄ちゃんで行くから、夏穂ちゃんはお留守番だね」

「あれ? 俺の意見は?」


 俺は行くなんて一言も言ってないよね?


「くっ……」


 夏穂は千秋を恨めしそうに見ているが、決して反論はしない。

 完全に上下関係が構築されてしまったようだった。


「ふふ、嘘だよ。このチケットの期限が来月の中頃くらいまでなんだけど、私六月は陸上部の強化合宿で忙しいんだよ。ということで、夏穂ちゃん。誠に不本意ながら、このチケットはあなたに譲りましょう」

「え! 本当に!?」

「もろちん!」

「でかい声ではしたないことを言うな」


 何故俺の妹はこんなお下品なんでしょう。

 お兄ちゃん恥ずかくしくて将来こんな妹を嫁に出せません。


「じゃあ夏穂ちゃん。お兄ちゃんとの温泉デートを存分に楽しむがよいぞ!」

「ねえ、だから俺の意見は?」

「あ、そっか。お父さん的には温泉はあんまりなのかな……」


 夏穂の言う通り、俺はあまり他人に素肌を晒すことに乗り気ではなかった。

 とはいっても、千秋が忙しいとなるとせっかくのチケットが無駄になってしまう。

 金券ショップに売却するという手もあるのだが……。


「お父さん?」


 夏穂が上目遣いで見つめてくる。

 少し、不安の混じった表情だった。


「……まあ、旅行で温泉くらいならいいけどよ」


 俺が思うに、未来での夏穂はあまり父親、つまり俺からの愛を受けなかったんじゃないかと思っている。

 ならば今俺が温泉旅行を一緒に行くくらいの娘へのサービスはしてやろう。

 それにこんな表情かおをする夏穂を相手に断るのは忍びなかった。

 感謝しろよな、未来の俺よ。


「いいの!? やったあ!」

「おう。そういや今週は開校記念日で三連休があったな……じゃあ連休を利用して早速行くか」

「うん!」


 そうと決まれば早いところ荷造りでもしておこう。

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