高熱
「熱を測らないとな」
幸い、救急箱が目につきやすい場所にあったので体温計はすぐに見つかった。
そして早月の体に手を伸ばしかけて静止した。
ちょっと待ってください、夏彦くん。
人としてそれはどうなんでしょう。
いくら病人を看病するためとはいえ、後輩女子の服を脱がして熱を測るなんていうのはよくないよなあ。
千秋のような妹感覚で接してしまうと間違いが起きそうだ。
とりあえず、ただの風邪ならば寝かせておけば悪くなることはないだろう。
ソファーで寝ていた早月は時折、苦しそうに声を上げていた。
よほど体調が悪かったのか。
こんな状態で体を動かしたりしたらよくないことなんてわかってただろうに。
「ん……あぁ……!」
「うなされてるのか?」
気のせいかエロスを感じるんだけど。
「あ……お父さん……」
早月がはっきりとした寝言を口にする。
なんというか、本当にお父さんっ子なんだなあ。知ってたけど。
なんてほっこりしていたら、早月の次に口にした言葉に度肝を抜かれた。
「死な……ないで……」
「えっ!?」
な……どういうことだ。
いや、ただの寝言かもしれないけれど、今までの早月の含みある発言からそうも思えない。
というか、これ俺が聞いてよかったのかな……?
「ふえ……? 一宮先輩?」
「あ、すまん。起こしちまったか」
早月は寝ぼけているのか、顔にはてなを浮かべている。
目をこすって、まばたきを何度か繰り返すとようやく覚醒したみたいで――
「あれ!? 私なんで家にいるんですか!? というかどうして先輩が私の家に! そうだ、部屋を片付けないと!」
「まあ落ち着けよ。俺は多少汚くても気にしないから」
「私が気にするんです! ――けほっ、けほっ」
「ほら、具合悪いんだから大人しくしてろって」
急に立ち上がろうとして咳をする早月の肩を押さえ、ソファーに寝かしつける。
「……どうして先輩が?」
「すごい熱だったから千秋に聞いて家まで運んだんだよ」
「そんなにですか?」
「気になるなら測ってみろ」
体温計を手渡すと、早月は大人しく従った。
早月が体温計を脇に差し込んで、一、二分すると電子音が測り終えたことを告げた。
「……39度7分」
「高熱じゃねえか! どうして家で休まなかったんだ」
「ご、ごめんなさい」
「あ、すまん。怒鳴っちまって」
「いえ……でも、私には休んでる暇はないから……」
「それって……」
父親のことと関係あるのか、そう言いかけて口をつぐんだ。
いくら気になったからって寝言と早月が無理してまで剣道に打ち込む理由を関連付けるのは短絡的すぎる。
第一、彼女にとってデリケートな問題であるだろうことに、部外者である俺がずかずかと踏み込んでいいはずがないだろう。
訊くのをやめようとした俺の意図に反して、早月が事情を話し始めた。
「父が……入院しているんです。治らない病気だって。持って今年の夏までだそうです。だから、今年の大会に出場して、一勝でも多く挙げなきゃいけないんです。ビデオに撮ってお父さんに私の活躍を見てもらうんです」
「……そうか」
それ以上言葉が出なかった。
早月になんて声を掛けていいのかわからない。
「今年じゃなきゃ……ダメなんです……」
体が苦しいのか、はたまた心が苦しいのか、早月はぽろぽろと涙を流している。
俺は、自然と慰めるように彼女の頭をなでていた。
「一宮先輩……」
「どうした?」
「もうしばらく、ここにいてくれませんか?」
「ああ、わかったよ」
早月の頼みで俺は夕方まで付き添った。
早月がまた寝込むと、俺は彼女を起こさないようにそっと帰宅した。
***
体がダルい。
帰路をたどっていると、体がふらついているのがわかった。
早月の風邪でも移されたか? 熱はなさそうだけど。
おぼつかない足取りながらも、なんとか家までたどりつき、ドアを開けると夏穂が待ち構えていた。
「おかえり、お父さん! 学校サボってどこ行ってたの?」
「あー、ちょっとな」
ただでさえ倦怠感が半端ないんだ。
夏穂と余計な問答をして余計に疲れたくはない。
そう思ってはぐらかそうとした俺とは裏腹に、夏穂は俺の体に鼻を近づけてきた。
「怪しい。……すんすん。この匂いは……女の人の家? 知ってるけど知らない匂いだ」
犬かよ。どんな嗅覚してやがる。
「早月が風邪引いたみたいで、家まで送って看病してたんだよ。しかも風邪移されたっぽくてダルいから休ませてくれよ……」
「そうだったんだ。大丈夫?」
「あまり大丈夫では……そうだ、お前は未来ならでは風邪の特効薬とか持ってないの?」
「未来ならではって、ドラ○もんじゃあないんだから……。まあ、あるけど」
「あるのかよ!」
若干冗談だったのに。
「さっすが、お父さん。風邪気味でもツッコミは一流だね。そんなお父さんにはこれ! カゼバイン!」
「なんてわかりやすいネーミング」
○林製薬かよ。




