発熱
「二年になってもうすぐ三ヶ月かあ……」
昨日夏穂に言われたことをしみじみと呟いた。
この二ヶ月間、いろんなことがあったし、いろんな人とも出会った。
それでもまだ二ヶ月だ。……いや。
この関係はもう二ヶ月と言うべきか。
「いちっ! にぃっ!」
いつものように武道場に顔を出すと、朝だというのに声を張り上げながら素振りをしている早月がいた。
俺が早月に差し入れをするこの恒例行事も早二ヶ月だ。
だというのに、俺は早月がどうしてここまで必死になるのか、その理由を知らない。
部活紹介で朝練がないことをアピールポイントにしている剣道部に入ったというのに、一人この静かな武道場で素振りや打込み台への打込みを続ける早月。
いったい何が彼女をそこまで駆り立てているのか。
……別に、理由はいらないか。
ただ、がむしゃらに頑張る早月を見てると応援したくなる。
「――覗きですか?」
考えに耽っていると、眼前に早月のキュートな顔が。
あ、なんかほっぺたふにふにしたくなるね!
「お、早月。素振り終わったのか」
「人の質問を無視するなんて先輩も偉くなりましたね」
「どっちかっていうと早月の方が先輩に対して偉そうじゃない?」
早月って見た目に似合わず、結構態度でかいよね。
剣道部の先輩に対してもこんな感じなのかな?
「たった数ヶ月早く生まれただけじゃないですか。ちょっとは人から敬われる人になったらどうです?」
「早月は俺のこと敬ってくれないのか?」
「わっ、私のことはいいじゃないですか! まあ……ちょっとくらいは尊敬してますけど……」
「え? なんだって?」
あれー、最後の方聞こえなかったなー。
もっと大きな声ではっきり言って欲しいなー。
「し、知りません! 先輩のバカ!」
「おお、怖い」
「先輩……もしかしてわざとやってますか?」
早月がジト目を向ける。
「え? 何が?」
「はあ……これだから先輩は」
早月は呆れた風にため息をついた。
ちょっと遊びすぎたな。
「もういいです。さっさとどっか行ってください」
「朝飯は?」
「今日は家で食べてきました。だから先輩は用済みです」
「そうか、なら――」
と、歩き出そうとした瞬間、体が後ろに引っ張られた。
「……あの、早月さん? 俺にどっか行って欲しいなら、その腕を掴んでいる手を離してくれない?」
「あ……すみません。ちょっと立ちくらみがして……」
「大丈夫か?」
早月は心なしか息が荒い。
心配で振り返ると、顔が赤みを帯びていた。
これはもしかしてかなり具合が悪いんじゃないだろうか。
「早月、ちょっといいか」
「え……」
先に断りをいれて、早月のおでこに手を伸ばす。
――熱い。
「すごい熱だ。立ちくらみどころじゃないだろ、こんなの。お前、こんな状態で素振りだのなんだのしてたのか」
「び……微熱ですから……」
「そんなレベルじゃないぞ。ほら、肩貸せ。家まで送ってやる」
「本当に大丈夫……です、から……」
そこまで言い終えて、早月は気を失ってしまった。
「どこがだよ……」
倒れないように受け止めた早月の体からは、燃えているかのような高い体温が感じられる。
どう考えても四十度くらいはある。
とにかく、このまま学校にいるのはよくない。
すぐにでも家で休んだ方がいいだろう。
俺は急いでスマホを取り出して、千秋を呼び出した。
『もしもし、お兄ちゃん? 電話なんて珍しいね』
「あ、千秋。出てくれてよかった。朝練じゃないのか?」
『私は部活では優等生だからちょっとくらいサボっても文句言われないんだよ』
「それはよかった。急ぎなんだが早月の家ってどこだかわかるか?」
いつもならツッコミをいれるのだが、今は本当に急を要するのだ。
無駄話をしている余裕はない。
『さっちゃん? 知ってるけど、どうしたの?』
「事情はあとで説明する。電話で案内してくれ」
『別にいいけど……お兄ちゃんもストーカーに目覚めたの?』
「さっさと案内しろ」
生憎今は千秋との漫才に付き合ってる暇はない。
千秋からの風評被害は無視して案内を乞うた。
俺は通話中のスマホを肩と頭部で挟み、早月をおぶって学校を出る。
そして千秋の案内のもと早月の家にたどり着いた。
早月のカバンから鍵を探し出し、ドアを開けて中に入る。
早月を寝かせたかったけども、彼女の部屋と思われる場所ににベッドはなかった。
布団を探して人様の家を荒らすわけにもいかなかったので、リビングの方にあったソファーの上に寝かせることで落ち着いた。
そして、毛布代わりに着ていたブレザーを脱いでかけてやる。
「よし、ひとまずはこれでいいかな……」
早月は時折苦しそうにするものの、概ねは安らかな寝息を立てていた。
いきなり家のソファーに寝ていても混乱するだろうし、起きるまではそばにいてやろう。




