夏穂の目的
「おかしい」
とある日、リビングでおやつにせんべいをかじっている隣で、急に夏穂が呟いた。
「え?」
「おかしいよ、お父さん!」
夏穂はいきなり目の前のミニテーブルを強く叩き、さっと立ち上がる。
「わっ、どうした! 家具はもっと優しく扱えよ!」
「あ、ごめんなさい。……じゃなくて!」
夏穂がちょっとムッとしながら叫ぶ。
「おかしいんだよ」
「何が。お前の存在か?」
よくよく考えると未来人とかバカバカしいもんね。
「ちっがーう! 私がこの時代に来て早く二ヶ月、もうちょっとで三ヶ月目に突入しようとしているんだよ」
「あー、そういえば」
もうそんなに経つのか、むしろまだそれくらいしか経ってなかったのかとか思ったりする。
考えてみればもう五月の下旬だった。
「だというのに! だというのに……うぅ」
夏穂が気の抜けた風船のようにへたりこんだ。
「さっさと要点言えよ」
夏穂のことだ。どうせ大した内容でもないんだろう。
聞くのも面倒くさいのだからさっさと終わらせてほしい。
「まあそう焦らなくても。お父さんは私がタイムスリップしてきた理由覚えてる?」
「俺と結婚するためだったか?」
答えるこちらが頭が痛くなるような問いだ。
三、四歳の子どもが『パパのお嫁さんになるー』なんて言ってる光景は微笑ましいけれども、いい年した娘が本気で父親と結婚したがるのはかなり笑えないよね。
「うーん、最終的な目標はそこに着地するんだけど、今はその前段階だよ」
「え?」
「ほら、高校時代に一斉に出現する恋敵の排除」
「あ、その設定まだ続いてたんだ」
本当に頭が痛いなんてレベルじゃない。
頭痛が痛いというくらいに馬鹿げた話だ。
「それなのに! 常時テレキネシスガード纏ってる人とか、人外レベルの忍術体術で攻撃する隙すらない人とか、ありえない強さの執事をボディーガードにつけてる人とか……お父さんって変なのに好かれ過ぎじゃない?」
「自覚はある」
というか、お前もその“変なの”の一員だからね?
まるで自分は違うみたいに言ってるけど。
「塚原さんや佐々木さんにはあまり近づきたくないし……はぁ、どうしたものか」
勝手に騒いだり落ち込んだり、忙しいやつだな。
ところで、今の夏穂のぼやきに気になることがある。
「そういや、文乃の超能力って結局なんなんだ?」
「聞きたい?」
「うん」
正味のところ、めっちゃ気になる。
「多分お父さんがそれを知った瞬間、部屋に飛び込んで三日三晩枕を濡らしたあとに不登校になる可能性があるけどそれでも?」
「えっ、なにそれこわい」
「お父さんが佐々木さんの能力を知った時メンタルをやられて狂気錯乱の極みに至ったのは後世に語り継がれる有名なエピソードだからね」
「語り継ぐなよそんなもん! つーか、後世に語り継がれるってなんだよ。過去だけじゃ飽き足らず未来にも行ってたの?」
「違うよー、未来人ジョークだよー」
「なんだジョークか」
自分が未来で錯乱するような心の傷を負うなんて知りたくなかったから安心した。
「あ、錯乱状態に陥ってたのは本当だよ」
マジすか。
「……やっぱ文乃の能力は聞かないことにする。夏穂の心の奥にしまっといてくれ」
「了解! ……って、だから! そういう話じゃないでしょ! お父さんもどうやったらあの変人奇人たちを亡き者にできるか考えてー」
「相談相手間違ってるぞ」
どこの世界に自分に好感を持っている女を消したいから手伝ってくれといわて、はいわかりましたというやつがいるのか。
ほとんど変人であることをのぞけば、この境遇はわりと嬉しいものだと思ってるのに。
「えー、でもお父さんだって好感持たれて迷惑なことだってあるでしょ。茜さんとか、上泉さんとか、お隣さんの幼馴染とか」
「おーい、夏穂さーん。それ全部同一人物ですよー」
「とにかく、あの変態忍者だけは生かしておくと今後のお父さんの人生に関わるから早急に始末しないと」
「いや、俺もストーカーは嫌だけどさ、さすがにそこまで茜のこと迷惑に思ってるわけじゃないから。ああ見えて可愛らしいところだってあるしな――」
言い終わると同時に、リビングの壁が回転して忍者が出現した。
「呼んだ?」
「よし、茜を殺すか!」
「いきなり殺人予告!?」
「うるせえよ。人様の家を勝手にからくり屋敷に改造すんな変態。地獄に落ちろ」
「最近どんどん夏彦くんの暴言が辛辣になってる気がするよ……」
「絶対お父さんって茜さんのこと可愛いとか思ってないよね」
「夏穂、お前は何を言ってるんだ。当然だろ、そんなこと」
まったく、こんな変態ストーカーのどこに可愛い要素があるんだ。
俺はそんなこと言うやつを見てみたいよ。
「うわー……なんかすごく納得行かない」
夏穂はなんとも不満げな顔で呟いた。




