フラグは回収されるもの
「はあー美味しかった! 最高だね、卵かけご飯」
それでいいのか、千秋よ。
「喜んでいただけて何よりですわ」
「でも会長令嬢のお昼ご飯が卵かけご飯とか……ぷっ。夏彦くんも笑っちゃうよね?」
「あなたには聞いていませんわ、平民風情が。それに、とても美味しかったですよね夏彦さん?」
だから俺を挟んで喧嘩するのはやめて。
胃が痛くなる。
「えっと……その、美味しかった」
「ほらお聞きなさい!」
「うわーん、夏彦くんが裏切ったー!」
「いや、俺最初から茜の味方はしてないし」
料理は美味しさが正義だからね。
「卵かけご飯も高級品使えばこんなに……なんだかショック……」
その美味しさに意気消沈している早月みたいなのもいるけど。
「よし、じゃあご飯も食べ終えたことだし勉強を――夏穂?」
見れば、夏穂が心ここにあらずといった様子で一点を見つめていた。
その視線の先には、カードの束が仕舞われたカードケースがあった。
「あ……あれは……」
「あら、このカードがどうかしまして?」
愛歌はケースからカードを取り出して、夏穂に近くで見せる。
それを一緒に見ていた千秋も驚いた。
「あ……あのカードは!」
「知っているのか千秋!?」
「うん、あのカードは世界樹歴伝……伝説のクソゲーと名高いトレーディングカードゲームだよ。最悪なゲームバランス、複雑すぎるルール、安っぽいイラストやフォントなど様々な要素からグランプリ・クソゲーオブTCGに名を馳せたの。けれど、利権関係での問題を起こして、わずか発売三日で販売中止、自主回収……流通量が少ないために今ではTCGマニアから高額なプレミアがついてるの」
「あら、そうでしたの? 高いからてっきり面白いのかと」
いやいやいや、どう見てもクソゲーでしょ。
まず愛歌の持つ束の一番上にあるカードがいかにクソゲーであるかを物語っている。
千秋の説明通り、カードデザインのあらゆるところからチープさが感じ取れるのだ。
『怒れるナポレオンフィッシュ軍団』とか意味不明だから。カードイラストもどっちかというとマンボウだし。
「あ、あの中条さん。これやらせてもらっても……?」
夏穂が恐る恐る愛歌に尋ねた。
夏穂……お前クソゲー愛好家だったのか……。
もしくはTCGマニア。
「当然ですわ! ホストたるものゲストを満足させねばなりませんもの」
「え……勉強は……?」
早月、すまん。
俺もそのクソゲー興味あるんだ。
「さあ、早くデッキをセットなさいな。わたくしが相手になりますわ」
「じゃあまずは私が!」
夏穂が意気揚々と立候補する。
「ま、言い出しっぺだしな」
「じゃあ決まりですわね。……行きますわよ」
「望むところ!」
「「セット・ザ・ユグドラシル」」
掛け声だせえ!
***
「『ベトベトベートーベン』をオフェンススタイルでプット! ターンエンド!」
「わたくしのターン。アビリティカード『エターナルフ○ースブリザード』をテイク。相手は死ぬ……わたくしの勝ちですわ!」
「なんだこのクソゲー!!」
「おいやめろ夏穂! 高いらしいんだからカードを粗末に扱うな!」
夏穂がカードにダイレクトアタックを加えそうなところを必死で留め、なんとか落ち着かせた。
「たしかに一撃必殺カードはひどいと思うけど……そんなにクソゲーなの?」
夏穂と愛歌の対戦中、トイレ行ってたのでよくわからなかった。
「あ、じゃあお父さんもやってみる?」
「説明ならわたくしが致しますわ」
「じゃあやってみようかな。相手は誰だ」
「はいっ! 私!」
茜が天高く手を挙げた。
「いや、ここは私が。これは茜姉でも譲れないよ」
「なに、千秋ちゃん。私に喧嘩売る気?」
「……ストーカー幼馴染」
「は? 今なんて?」
あれ、また不穏な空気が。
茜は喧嘩発生機かなにかなの?
「じゃ……じゃあ間を取って私が」
「あー……もうそれでいいや。ということで俺は早月とやるから二人とも喧嘩すんな」
「「……はーい」」
二人はあっさり喧嘩をやめた。
茜は千秋とは仲悪いわけじゃないからなあ……夏穂や愛歌とも仲良くしてくれればいいのに。
「じゃあ、先輩。よ、よろしくお願いします……?」
「おう。じゃあ愛歌、ルールの説明してくれよ」
「お任せください」
愛歌による世界樹歴伝のルール説明が始まった――――
「――なんだこのクソゲー!!」
あらかた説明を聞き終わったけど、ゲームが始まる前にカード破り捨てそうになるのはしょうがないよね。
「やめてお兄ちゃん! そのカード一枚で一日分の食事が賄えるんだから!」
「止めてくれるな千秋! こんなクソカードはこの世から撲滅すべきなんだ!」
「何が気に食わないのお兄ちゃん!」
「すべてだ! まずデッキが40枚しかないのに手札10枚で始まるのがおかしい! しかも、ターンが始まるごとに3枚ドロー? デッキがなくなったら負けなのにすぐ終わっちまうじゃねえか! あとなんでライフポイントが小数点第三まで計算するんだよ! 面倒臭すぎるだろ! あといちいち用語がダサい!」
「ダサいのは別にいいじゃん!?」
「まだあるぞ、他にも。モンスターカードの種類が――」
このカードゲームと呼んでいいのかすら不明なクソに文句言い続け、俺は酸欠を起こしかけた。
その後、意外にもこのクソゲーは盛り上がり、なんと夜までゲームが続いた。
……結局勉強会やらなかったなあ。
ま、愛歌が死亡フラグ立ててたからしょうがないか。




