図書委員の貴重な放尿シーン(アウト)
「とりあえずあの小窓から出るという方針で問題はないよね」
「ああ。俺が肩車すればすぐ届きそうなんだがな」
「なにか言った?」
「ナンデモアリマセン」
文乃さん顔が怖いです。
「とりあえず、机動かすから手伝って」
「わ、わかった」
文乃と二人で机をドアの前に運んだ。
そして、文乃は机の上にイスを持ち上げて乗せる。
「なるほど、これなら届きそうだ」
「じゃあ登るから、一宮くんは後ろ向いててね」
「え?」
「え? ……じゃないから。一宮くんがこっち向いてたらどっちみち見えちゃうでしょ」
「あー、そうか」
俺は文乃のスカートの中を見ないように後ろを向く。
「見ないでよ? 絶対だからね! 見たらわかるからね」
……フリかな?
「フリじゃないから!」
やっぱこいつ俺の心読んでるだろ。
「え!? ――きゃあっ」
叫び声に振り向くと、イスに乗ろうとした文乃がバランスを崩していた。
そしてすぐ、イスと一緒に後ろに倒れた。
「危ない!」
とっさに文乃を受け止め、頭を打ちそうだったのを寸でのところで回避した。
「あ……ありがとう」
「ったく、気をつけろよ」
「……ごめん。その、一宮くん」
「な、なんだ?」
「顔、近くないかな」
言われてみれば、文乃をお姫様抱っこする形になって、顔がすぐそばまで近づいていた。
「あ、すまん! すぐ降ろす」
「別にいいんだけど、なにをそんなに慌ててるの?」
「下手に女性の体に触れると変態扱いを受けるからな」
早月のこともあるし。
「いや、ないから。というか、一宮くんが助けてくれなかったら怪我どころじゃすまなかったかもしれないんだし、それくらいで怒ったりしないよ」
女神かよ。
「……一宮くんって、何か女性不信になるようなトラウマでもあるの?」
「へ? なんで?」
「いや、なんでもないよ」
「こほん。ともかく、机の上にイスを乗せる案も却下だな。すべって不安定だから危険すぎる」
「そうだね。他の方法を考えようか」
といっても、他の方法が思いつけば苦労はないわけで。
「やっぱ無理そうだね」
「この際ドアぶっ壊すか?」
所詮学校の図書室のドアだ。思いっきり体当たりでもすれば出られそうな気がする。
「さすがにそれは……弁償とかさせられたら嫌だし」
「だよなあ」
いよいよやることがなくなった。
オタク風に言うのなら、万策尽きたー! ……とでも言うべきか。
どうしよう、と隣にいる文乃に目配せすると、内股気味になってモジモジしている。
……これってもしかして。
「なあ、文乃。……どうした?」
「えーと、トイレ行きたいなあー……なんて」
やっぱり。
え、ちょっとこれどうすんの。
図書室にトイレはないし、かといって漏らさせるわけにもいくまい。
というか俺が近くにいては何しようにも問題がある気が。
「えっと、聞いていいかわからないんだけど……大? 小?」
「ち、小さい方!」
「そうか! なら……」
俺はカバンから飲みかけたお茶のペットボトルと、ノートを取り出した。
ペットボトルの蓋を開け、飲み口に切り取ったノートの表紙を漏斗状に突き刺した。
「我慢できなくなったらこれ使え」
「私のおしっこ飲むの!?」
「飲まねえよ! 簡易トイレだよ!」
「ご、ごめん! えっと、ありがとう。……あの一宮くん、これ使うからあっち向いて!」
「そんな切羽詰まった状況だったの!? わかった」
「見ちゃ、ダメだよ?」
「わかってるって」
文乃に言われて反対方向を向くが、俺の後ろでは文乃の放尿が――
「――アウトおおおっっ!」
「うおっ!?」
叫び声とともに閉ざされたドアを開け、図書室に入ってきたのは夏穂だった。
「夏穂、お前帰ったんじゃ!?」
「ふふん、私ともあれば――いだっ!」
「ごめん! トイレ行ってくる!」
ドアが開いたことに気づいた文乃は、入り口に立っている夏穂を押しのけて走っていった。
まあ、これはそんなとこにいつまでも立っている夏穂が悪いな。
「まったく、なんなの。せっかく私が助けに来てあげたというのに」
「そうカッカするな。あいつはおそらく人生最大の窮地に立たされていたんだ」
「お父さんがそう言うなら……。で、なんで私がここにいるかだったね。ずばり、私とお父さんの間に働くスーパー親子パワーがお父さんのピンチを知らせたんだよ」
「そりゃあすごい。本当は?」
「お父さんに取り付けたGPS発信器がずっと同じ場所から移動しないから変だなと」
「この野郎!」
夏穂の脳天をチョップした。
「あいた」
「今回はそのおかげで助かったから、この程度で済ませてやろう」
夏穂といい、茜といい、なぜそこまで俺の行動を把握したがるんだ。
最近では愛歌もコールマンに俺を追跡させているようだし、誰か安息の時間をください。
「それよりお父さん。さすがに同級生女子の用便に同席するのはアウトだよ……」
「反論できないのが悔しい!」
でも不可抗力だから!
むしろ即興で簡易トイレ作った俺の努力を評価して。
「ま、お父さんが何しようと私の好感度は下がることないから関係ないけどね。さ、帰ろうかお父さん」
「え、でも文乃は?」
「図書委員の仕事終わったんでしょ? ならいいじゃん」
「いやでも、勝手に帰ったら――って腕引っ張んな」
「いいからいいからー!」
勝手なことして怒られるのは俺なんだぞ、まったく。
……ま、いいか。
文乃には明日謝っておこう。




