エロゲーマイスター千秋
今日は色々とあって疲れた。
でもまあ夏穂がここにいられることも決まり、なんとか一息ついたといったところだ。
これからも問題は出るだろうけど先のことはその時考えればいい。
とりあえず今は休もう。休めるときに休むのが一番だからな――
「お兄ちゃーん、ゲームやろうぜ!」
勢い良く開かれたドアとともに、パジャマ姿の千秋が嵐のように自室に入ってきた。
……俺はフラグ建築士になれるかもしれない。
「千秋か。お前が手にしてるやつ以外なら相手になるが」
千秋の両手には鮮やかな色彩でアニメ絵の少女たちが描かれた大きな箱が収められている。
なんだよシスターオプションって。
どう見てもエロゲーです。本当にありがとうございました。
「えー、せっかくのフリーフライソフトの新作なのにー」
「まるで過去作をプレイ済みみたいな口振りだな」
俺の部屋に揃ってるけどね。勝手にプレイしやがったか。
フリーフライソフト、通称FFSのゲームは何と言ってもシナリオがいいから千秋がハマるのも分かる。
恋愛ドラマとか大好きだもんね。
「もちろん。ファンだからね」
女の子から聞きたくない台詞ランキングにランクインしそうな台詞である。
お前のことが好きな男子が聞いたら幻滅ものだな。
それにしても過去作は俺の部屋でプレイしたとして、新作とは。
「どこで買ってくるんだよ」
「お父さんやお母さんに頼んだら買ってくれるよ?」
お父様、お母様。娘には健全な教育を心掛けましょう。
「一体世界のどこに妹と妹物のエロゲーする兄がいるんだよ」
「千葉県にならいるかもしれない」
「現実の世界でお願いします」
「もしかしたらお兄ちゃんが名誉ある第一号になるかもよ?」
「そんな名誉はいらねえ」
というかそれ不名誉の間違いじゃねえの。
「ちぇっ、せっかくお兄ちゃんの肉欲を煽って、あわよくば発情したお兄ちゃんに私を襲わせよう思ったのに」
「笑えない冗談だ」
乾いた笑いなら出そうだけど。
「私は冗談抜きにお兄ちゃんのこと好きなんだけど」
「またそんなこと……大体そんな物持って俺の部屋に来ようなんて、夏穂に止められなかったのか」
「ああ、あの子なら何故か私につっかかってきたから、身動きできないように縛っといた」
「聞いた俺が馬鹿だった」
千秋は兄妹喧嘩では負け無しだったな。
特段武道をやっているわけではない。
にも関わらず体格差のある俺を軽く転がしてしまう。
筋肉だってどう見ても平均的な女子並みなんだが……。
まるで不思議な力でも働いているかのようである。
「だ・か・ら、今日は邪魔者はいないよ? お父さんたちも夜は二階に上がってこないし」
「待て、落ち着け」
千秋は性的に腰をくねらせて、俺との距離を詰めてくる。
さらに風呂上がりでツインテールをほどいた後の長い髪をかき上げて、エロティックな誘惑……ではないな。
「千秋。お前にセクシーさの演出は無理だから諦めろ」
冷静に考えるととても滑稽だった。
ビデオでも撮っておくべきだったか。
「ひっどーい。こっちはこんなに必死なのに」
「その熱意を少しでも他に向けようとは思わないのか」
「例えば?」
「勉強とか」
「善処します」
「そんなこと言ってるから馬鹿なんだ」
その癖変な知識ばっかつけやがって。
まるで俺みたいだな。
「むうー、お兄ちゃんだって大して頭いい訳じゃないくせに」
お前に言われる筋合いはない。
せめて定期テストの赤点をあと二科目は減らしてから意見して欲しいものだ。
要領はいいからやればできるはずなんだけどな。
「俺は人並みだからいいんだよ。よく言うじゃねえか、普通が一番難しいって」
「それは良い点取れない口実に使う言葉じゃないよ」
千秋にじっとりした目線を向けられる。
「ダメじゃないか千秋。ツッコミはもっと簡潔に短いフレーズでしないと」
「芸人目指してないから!」
「おー、ナイスツッコミ」
さすが千秋、要領がいいな。
労いに頭を撫でてやろう。
「えへへー」
千秋はだらしなく顔をほころばせる。
うん、いいものだ。
狙ってやるより天然物の方がいいと分からないとは千秋もまだまだだな。
「うんうん、うい奴じゃ」
なでなで。
普通にしていれば千秋は本当に面白……もとい可愛いな。
「もしかしてお兄ちゃん、私で遊んでる?」
「今頃気付いたか」
「もー!」
千秋は顔を真っ赤にして膨れる。
相変わらず面白い。
「えいっ!」
「うおっ」
不意に天地がひっくり返る。
ものすごい浮遊感を感じる。
どうやら千秋に足を掛けられ、転ばされたらしい。
ニ、三秒宙に浮いていた気分だ。
千秋がにこにこと俺を見下ろしていた。
「仕返しだぜ、お兄ちゃん」
千秋はばんっ、と指鉄砲を作りいたずらっぽく笑う。
不覚にもドキリとした。
いやいやいや、流石に妹と禁断の恋ルートはないから。……ないよね、夏穂さん?
「お兄ちゃんどうしたの?」
千秋はぐっとかがんで、こちらを覗き込む。
あ、やばい。意識するとすごくやばい。
これ以上は理性が持たんぞ。
「ほら千秋、明日も早いんだろ? 馬鹿なことしてないでさっさと寝ろ」
体を起こし、千秋の頭を軽くチョップする。
意識しないように、あくまでも普段通りに。
「いてっ。お兄ちゃんがそうやって叩くから馬鹿になるんだよ」
「減らず口はいいから」
千秋を部屋から追い出し、今度こそ息がつけた。
千秋が部屋に来るのは日課の様なものだ。
けれど、夏穂のせいで変なフラグが立ったとすれば、その日課も今日みたく過激さを増すかもしれない。
これからはあの精神攻撃に毎日耐えないといけないとなると、恐ろしいばかりである。