執事の正体
「先ほどの事情も含めて、積もる話は家の中でゆっくりしましょうか」
さあどうぞ、と愛歌はお屋敷の扉を開ける。
「お、お邪魔します」
玄関の壁に掛けてある絵画とか、靴箱の上に乗っている花瓶とか、目につくすべてが高価な物に見えて緊張してしまう。
実際高いのだろうけど、うっかり触れて壊してしまわないか心配だ。
「そんなにガチガチにならなくてもよろしくてよ。……そうですわ! わたくし、すこしやることを思い出しましたので、客間へはこちらのコールマンに案内していただくといいですわ」
愛歌がこちらのと手を向けた方には、先ほど俺を担いでいた外国人が。
あれー、今何もない空間から出現したような……そうか、忍者か。ならおかしくないな、うん。
「コールマンはわたくしの執事兼運転手兼家庭教師ですわ。とてもいい方だと言うのはわたくしが保証しますわ」
「ただいまご紹介に預かりましたジュリアス・コールマンです。以後お見知り置きを……」
お見知り置きを、と言われてもどっかで見たことあるんだよなあ……。声だってなんだか聞き覚えがある。
といっても、俺にこんな白髪碧眼の外国人の知り合いは…………あ。
「もしかしてコルちゃ――むごごぉ!」
「さあ夏彦様! 客間はこちらでございます!」
「むごっ――息が……できな……」
「あら、もう仲良くなられたのね」
どこかだ。
愛歌さん、見てないで助けて。
「さあ行きましょう!」
ちょっ、死ぬ……。
愛歌が見えなくなったところで、ようやくコールマンは俺の口を押さえつけていた手を離してくれた。
「はぁ……窒息するかと思った」
「失礼いたしました」
コールマンが苦笑いをした。
まあ、俺も失言だったしな。許してやろう。
「で、あんたコルちゃんだろ」
第百五十七回チキチキアダルトゲーム品評会の幹事が、まさかこんな立派なところの執事だとは思いもしなかった。
だが俺の外国人の知り合いといえばコルちゃんくらいなものだ。
……あれ、第百六十七回だっけ?
「はて、なんのことやら」
とぼけやがって。
それならこちらにも考えがあるぞ。
「そうですか、人違いですか。ところで……FFSって何の略称だかわかります?」
「それはもちろんフリーフライソフト――あ」
「やっぱコルちゃんじゃねえか!」
コールマンはやってしまったという顔をした。
「夏彦様……このことはお嬢様にはどうかご内密に……」
「わかってますって」
愛歌が自分の執事はエロゲーオタクだったなんて知ったらショックを受けるかもしれない。
そしたらコールマン解雇も充分あり得るだろう。
さすがに面白半分で人の人生を左右するほど俺も鬼ではない。
「ありがとうございます。……さ、ここが客間でございます」
「……なんか、すごい落ち着かないんですけど」
客間、と呼ばれた空間は軽く俺の部屋の三倍ほどの広さはあった。
部屋は天井から吊り下がったシャンデリアで照らされ、端々には凡人にはとても理解の及ばない……おそらくは芸術作品かなにかだと思われる謎の調度品が置かれている。
コールマンにどうぞ、と言われて腰掛けたソファーは尻包み込むくらいに深く沈んだ。
「確かに、私も最初ここで雇ってもらった時には驚きましたなあ。おかげでいいお給金をいただき、愛するアダルトゲームを自由に購入できるわけですが」
「あははははー……」
あんた、まさかエロゲー買うために執事になったのか。
愛歌もこんな変態が執事だなんて……知らぬが仏と言うべきか。
「おや、お嬢様がそろそろ来られるようですね」
「え!? なんでわかんの!?」
ここから廊下は見えないよね。
「足音、それと息遣いが聞こえるとでも言いましょうか」
足音……廊下にも絨毯が敷かれていて、足音という足音はドタバタと音を立てでもしない限りは聞こえなかったと思うんだけど。
コールマンは扉の横に立ち、愛歌がやってくるタイミングぴったしに扉を開けた。
「毎度ご苦労様ですわ、コールマン」
「恐れ入ります、お嬢様」
愛歌はコールマンを労ったあと、俺と対面する形でソファーに座った。
そして、軽く咳払いをして話し始める。
「では、前置きは抜きにして本題に入りましょうか」
「婚約者になるだ、ならないだの話か」
「ええ。正確に先ほど夏彦さんがお尋ねになられた、なぜ私が今婚約者を必要としているか、の話ですわ」




