二度目
「これでいいですわね」
金の暴力によって男子一同を黙らせた愛歌はさぞ満足げな顔をしていた。
それに食って掛かるが我が娘、夏穂。
「ちょっと! 私はお父さんに話しかけるの許可してないんですけど!」
「男子たちが静かになったところで、先ほどの話の続きと行きたいところですが……また外が騒がしくなってきたこと……」
「うがー! 無視するなー!」
夏穂が眼中にないかのようにして、愛歌がちらりと教室の外を見た。
その視線の先には、どこから聞きつけたのやら愛歌を一目見ようとやってきたと思われる野次馬が集まっていた。
こんなに人気だとは……愛歌に婚約を申し込まれたことを知られれば、明日には死んでいるかもしれない。
「学校では外野がうるさいので場所を移しましょうか」
「は? ちょ、意味がわからないんですけど……」
「心配なさらずともすぐにわかりますわ。……コールマン!」
愛歌がぱちん、と指を鳴らすと、どこからともなく大柄の男が出現した。
その様たるや、まさに忍者だ。
コールマンと呼ばれたその男は軽々と俺の体を肩に担いだ――
「――って、なんだ!? ちょっと、タンマ、待って」
「これは失礼。悪いようにはしませんので、どうぞ落ち着いて下され」
「ちょっ、お父さん!? どこ行くの!」
俺の制止もむなしく終わり、校舎の外に連れ出されてしまった。
俺はそのまま学校の外に駐車していたリムジンに無理やり乗車させられ、次いで愛歌が俺の荷物を抱えながら乗ってきた。
「さあ、出発しましょうか」
「え、え?」
待って、これって誘拐だよね?
まさか人生で二回も、こんな短期間に誘拐に遭うとは思いもしなかったよ。
しかも、高校生の男子が。
逃げる間もなく、行き先のわからないままリムジンは発進してしまう。
「わたくしったら、柄にもなく手荒なことをしてしまいましたね。少々不躾でしたかしら?」
当の誘拐犯、愛歌は車内に置いてあったコーヒーを啜りながら、のんきに漏らした。
「少々どころじゃないだろ……誘拐は犯罪だから」
「あら、はっきりとした物言いをなさるのね。男気があってよろしいこと」
「誘拐犯に社交辞令はいらねえ」
「わたくしも社交辞令はあまり好ましいとは思いませんわ。さすが運命のお人……気が合うのかしら」
「運命の……なんだって?」
さっきから愛歌の言ってることが何一つわからねえ……。
もしや日本語っぽく聞こえる外国語でも話してるのか?
俺が聞き返すと愛歌はぴたりと止まり、コーヒーカップを置いた。
「あなた……超能力って信じていらっしゃる?」
「あー……うん」
……まあ、想像はついてたけど。
初対面で俺に婚約を申し込んでくるということは、そういうことなんだろう。
「なんですの、その微妙な反応は。別にバカにしてくれても構わないのよ」
「バカにはしないけど。俺は信じてるし、超能力」
というか超能力者だし。
「そう。でもさすがに今からわたくしが言うことはあなたが引いてしまうかもしれないですが……いずれ夫となる方ですもの。隠し事はなしにいたしましょう」
「俺、お前の婚約者になることにオーケー出してないよね?」
なんですでに未来の夫と決定されちゃってるのよ。
愛歌は俺の問いかけを無視して話を続けた。
「わたくし――超能力者ですの」
知ってた。
「へえー。すごいなー」
「あら、信じてないようですわね?」
「いやまったく。めっちゃ信じてる」
「嘘おっしゃい! その適当な返事が何よりの証拠ですわ! ……はっ、わたくしったら語気を荒げてはしたないこと」
愛歌は恥ずかしがってるのか、すこし顔を伏せて再びコーヒーに手をつけた。
「……こほん。まあ、あなたが信じてくれなくても話すことは変わりませんわ。わたくしはいわゆる“念写”の力を持ってますの。それで、わたくしは念写を使って人生の伴侶となりえる運命の人を探していたのですわ」
「で、その運命の相手が俺だったと」
「あら、察しがよろいしのね」
「俺は難聴系主人公ではないんでな」
「難聴? なんのことかしら?」
愛歌はきょとんと首を傾げる。
どうやらお嬢様にはオタクのネタは伝わらないらしい。
「いや、気にしないでくれ。それよりもなんで運命の人なんか探してたんだ? 愛歌の容姿なら他にもイケメンとか引く手数多じゃねえの?」
「わたくし、顔より人柄を重視しますの。人柄は短期間ではわからないでしょう? でも、とある事情ですぐに婚約者となってくれるお方を探していまして……おや、もう着いたようですわ」
愛歌に言われて外を見ると、なんだかでっかいお屋敷が。
「……ここはご自宅ですか?」
「実家はアメリカの方にありますの。この家は私が日本で暮らすために、お父様が用意してくださった別荘ですわ」
金持ちぱねぇ。
少なめに見積もっても我が家の十倍はあるんですが。
「あ、あのドレスコードとかは大丈夫でしょうか?」
何を言ってるんだ俺は。
なぜ誘拐の被害者がドレスコードとか気にしてんだろう。
「あら、ここは個人宅であってパーティー会場ではありませんわ。夏彦さんったら面白いこと仰ってユーモアがありますのね」
もしかして小馬鹿にされてる?
しょうがないじゃん。こんな豪邸、生涯一度も見たことないし。
リムジンは中条家(別荘)の敷地内に入ってもしばらく走り続け、ようやくガレージに到着した。
「さ、降りましょうか」
愛歌は先に降車すると、俺に向けて手招きをした。




