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中条愛歌、到来

 ……さて。


「さっそく食べていいか?」


 こんなかわいい後輩からもらったお弁当だ。早く食べたくてうずうずしている。

 早月の返答を聞く前に弁当を包んでいる風呂敷に手をかけようとしたが、そこに待ったの声が入った。


「ああ! 先輩ちょっと待った! いえ、待ってください」

「ん? どうかした?」

「その……恥ずかしいので教室で食べてきてください」


 早月は顔を赤くして言う。

 なんだこのかわいい生き物は。

 三次元にもこんなエロゲーに出てくるような普通のかわいらしさを有する女がいたのか。

 こんなかわいらしくお願いされたら無下にはできない。

 時間が惜しいのでさっさと教室に戻るとしよう。


「あ、お弁当箱は明日返してくれればいいですよ!」

「おう。じゃあさっそく食ってくる。じゃ、また明日」

「はい、また」


 俺は早月の手作り弁当片手に教室へダッシュした。

 廊下は走るな? 知るか、んなもん。


 教室に戻って自分の席に着き、いざ食べん――


「お、ノミヤ。弁当なんて珍しいじゃねえか」


 話しかけてくんな、死ね。


 さあいただこうとした直前、神田が水を差してきやがった。

 すごくムカついたのでぶん殴りたくなったが、友人のよしみで返事くらいしてやろう。

 今の俺はとても気分がいいからな。


「早月からもらったんだよ。ほら、あの肝試しの時にいた一年生」

「マジで何なのお前。俺に喧嘩売ってんの?」

「ははは、モテない男のひがみは見苦しいな」

「あれ、ノミヤってそんなキャラだっけ?」

「正直嬉しくておかしなテンションになってる」

「弁当くらい上泉とかがいくらでも作ってくれるだろ……」

「お前こそ喧嘩売ってんだろ」


 茜の作る弁当なんて何が入ってるかわかったもんじゃない。

 最近は変態度合いが加速しているので、体液くらいは余裕で入れくくるだろう。

 どこから出た液体かとかは考えたくもないようなものでも。


「なっ、お父さんが塚原さんの手作り弁当を!?」


 話を聞きつけて夏穂までやってきた。


「また騒がしいのが……静かに食わせてくれない? せっかくの手作り弁当なんだから」

「えー、お弁当なら私がいくらでも作ってあげるのに!」


 無視無視。さあいただきます――


「――一宮夏彦さんはいらっしゃるかしら!」


 誰だ、俺の名を呼んで食事を邪魔したやつは。


 大きな音がして開かれた扉の方に目をやると、そこには見覚えのない人物が立っている。

 彼女の第一印象としては派手という言葉がしっくりくる。

 金髪のゆるい縦ロールに、少し吊り上がった強気そうな目が特徴な端整な顔。

 スラッとしたシルエットに反して豊満な胸部。

 それとうっとうしいくらいに刺繍が施された改造制服。

 あんなにも目立つ見た目なのにまったく記憶にないということは――


「おい、あれC組の中条さんじゃねえか?」

「ああ、間違いない。俺は去年同じクラスだったからな」


 ――やっぱりか。

 近くの男子のひそひそ話を聞くに、あれが噂の会長令嬢、中条愛歌らしい。

 で、その会長令嬢様が俺に何の用だろうか。


 なんて怪しんでいると、中条と目が合った。

 そして、中条は俺のところまで寄ってきた。


「こんにちは。わたくしは中条愛歌と申します。あなたが一宮夏彦さんかしら?」

「あ、うん。そうだけど」


 なんでわかったんですか。

 まさか知らぬ間にどこかで会っていた?

 そんな些細な疑問は、中条の発言によってすぐに消えることになる。


「こほん。――一宮夏彦さん。わたくしの婚約者(フィアンセ)になりなさい!」


 ぴしり、と中条は俺の顔を指差した。

 えっと、この人は何を言ってるのだろう。

 フィアンセ……たしか日本語で婚約者って意味だよな。

 婚約者って将来結婚を約束した、許嫁とかいうやつで漫画とかの設定でよくあるけど。

 ………………。


「…………はい?」

「ですから、わたくしの婚約者(フィアンセ)になりなさい」


 ちょっと意味がわからず聞き返すと、中条も一言一句違わず同じ台詞を返してくれた。


「あ、あの……中条さん?」

「あら、愛歌でよろしくてよ」

「じゃあ、愛歌。……いったいどういうこと?」

「そのままの意味ですわ」


 答えになってません。


 なんだか気まずくて視線をさまよわせていたら、俺の前で会話を聞いていた神田が般若の形相になってらっしゃる。


「おい、ノミヤ。貴様は今俺たち二年A組の男子全員を敵に回したぞ。くそっ、何でお前ばっかり!」

「知らねえよ!」


 神田の言う通り、教室中から殺気が向けられている気がする。

 ついでに夏穂は愛歌に敵意を向けていた。

 もう何がなんだか……。


「少し周囲が騒がしいですわね。男子諸君、少し廊下に出なさい」


 愛歌の呼びかけに男子たちはざわつくが、誰一人出ようとはしない。


「あら、このクラスの男子たちは耳が腐っていらっしゃるのかしら」


 愛歌の挑発に、男どもがピタリと静まる。

 そして、またどよめきが起こった。


「上等だこら!」

「会長令嬢だかなんだかしらねえが、喧嘩なら買ってやる!」


 なんて単純なこと、男子は愛歌の安い挑発で廊下に出ていった。

 委員会決めるときもそれくらい元気だったらよかったのに。


「夏彦さん。わたくし、あの方たちを“教育”してさしあげるので、少しお待ちいただけるかしら?」

「あっ、うん」


 愛歌もあとに続いて出て行くと、なにやら廊下から言い争いが聞こえる。

 その後、ぱしん、ぱしんと小気味よい音が断続して聞こえてくる。

 そして、まもなく戻ってきた男たちは皆一様に微妙な表情をしていた。

 彼らの膨らんだ胸ポケットからは、例外なく茶封筒が顔を見せているが、果たして廊下で何があったのだろうか……。


「お待たせしましたわ」


 男子が全員教育に入ったあと、愛歌も俺の前へと戻ってくる。


「なあ……男たちがまるでお通夜みたいな雰囲気なんだけど、一体何をしたんだ?」

「あら、喧嘩は札束で相手の頬を叩いて差し上げるのが基本ですわ」


 ……金持ちこわい。

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