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早月のお礼

 中条愛歌……か。すごく気になる。

 有名人だと言うのは知っていたが、一年の時はクラスが違ったし、今年も違う。

 一目見たいとは思ったが、彼女の登校日数の少なさゆえにその機会には恵まれなかった。


 というわけで彼女のことを口伝えでは聞いていても、実際の人柄というのはまったく知らなかった。

 まあ俺がそのお嬢様に何を思おうとも、別世界に住む彼女にとってはまるで関係ない話なわけで……。


「――ねえ、一宮くん? 聞いているのかしら?」

「あ、はい!」


 なんて、授業中に他愛のないことを考えていたら、ぼーっとしていたのがばれて教師に怒られてしまった。

 俺の真ん前で堂々と居眠りしてる神田は怒られないのに理不尽だなあ。

 それとも成績トップだと怒るに怒れないのだろうか。教師陣はほとんど神田の授業態度には諦めている節があるし。


 神田のことはともかく、中条のことは昼休みにでも見に行くとしよう。

 早月との約束もあったが、それは購買でパンを買って二年C組を野次馬したあとでもいいだろう。


 と、授業が終わった後の予定を決めていると、何やら携帯に着信が。

 表示されているのは見慣れないメールアドレスだ。

 だけれども件名には『塚原早月です。千秋からアドレス聞きました』と丁寧に名乗りがされていた。

 変な迷惑メールとかじゃないとわかり、安心してメールを開く。


『昼休みのこと忘れてませんよね? 授業が終わったらすぐ来てくださいね。途中で購買とか寄るのも却下です。もし少しでも遅くなったら先輩の悪評を学校中に吹聴します』


 おっと、早月に釘を刺されてしまった。

 購買から武道場までの距離はそこそこに遠いので、隠れて先に行っても確実にばれる。

 まあ特に断る理由もないし行くとするか。


 午前の授業を適当に聞き流しながら昼休み、早月に言われた通りに武道場に直行した。

 それにしても普段から世話になっている先輩に対して脅迫とか早月もなかなか恩知らずだよな。

 ……という感想は、本人を前にしてすぐ吹き飛んでしまうのだが。


 武道場まで行くと、扉の鍵はすでに開いていた。

 二年より一年の教室の方が近いので早月が早く来れるのはおかしいことではないのだが、いくらなんでも早すぎだろう。

 もしかして俺に会えるのを楽しみにしていたとか? ……ないな。

 なんだか少し怖いので、扉を薄く開けて様子を見る。

 すると、武道場の中で顔をせわしなく左右に動かしたり、扉の近くで行ったり来たりを繰り返したり、落ち着きのない早月がいた。


 とりあえず中に入ってみる。

 それに気がつくや否や、さっきまでそわそわしていた早月が駆け寄ってきた。


「ど、どうやら寄り道はしなかったようですね!」

「落ち着け、声が裏返ってるぞ」

「わ、私はいたって冷静でひゅよ!」


 あ、噛んだ。

 どこか冷静なんだか……。


「とりあえず深呼吸しようか。はい、吸ってー、吐いてー」

「すぅー、はぁー……少し落ち着きました」

「そりゃよかった。で、どうしたんだ?」

「あの……先輩ってお昼は買い弁でしたよね?」

「そうだけど、それがどうかしたのか?」

「あ、えっとその……」


 早月は要領が得ない風に口をもごもごとさせている。


「だから焦んなって。俺は逃げねーぞ」


 早月がまともである限りは、と心の中で付け加えてみる。


 少し待つと、早月はようやく決心がついたらしい。

 後ろ手に隠していた包みを俺の目の前に突き出してきた。


「あの! こ、これよかったら……」

「もしかして、これってお弁当?」

「もしかしなくてもお弁当です」


 照れているのか、早月は顔を背けながら答えた。


「じゃあ、ひょっとして手作り?」

「ひょっとしなくても手作り……あ! 勘違いしないでくださいね!? これはただこの前助けてもらったお礼に作ってきただけなんですからね! 先輩って私の健康心配するくせに自分はお昼は購買のパンばっかりって千秋から聞いて……ってなんで泣いてるんですか!?」

「俺は……高校生活でこんな甘酸っぱい青春イベントが発生したことに非常に感激している」


 後輩が俺のために手作り弁当を作ってくれるなんてそれだけでも感涙の極みだ。

 たぶん、手の怪我も弁当を作るときにできたものだろう。

 早月が俺のためにそこまで……これが泣かずにいられるか。


「い、意味不明です。たかが手作り弁当で泣かれるとすごく不気味……というか気持ち悪いんですけど……」

「早月よ、よく考えてみろ。俺の周りには千秋や茜みたいな頭のおかしいやつらがいるのにこんなまともな青春が送れるのは泣くほどに喜ばしいことなんだよ」

「あぁ……」


 早月は遠い目をしながらうなずいた。

 わかってくれるのか、この悲しみを。


「あ、でも、夏穂先輩とかはどうなんですか?」

「あれはお前が想像しているよりはるかに常軌を逸している存在だから」


 未来からやってきた俺の娘だとか言っても絶対信じないだろうなあ。

 あ、でも幽霊にあれだけビビるくらいだからオカルト関係はわりと信じている方なのかな。

 どちらにせよ今のところは打ち明けることはできないだろう。

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