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会長令嬢の噂

 火曜日、秋葉原に行った二日後の朝。

 俺はいつものように武道場で早月の自主練習を見学していた。

 どうやら今日の分は終わったようだ。


「お疲れ様。ほら、水飲むか?」


 手ぬぐいで汗をぬぐう早月に、近くの自販機で購入したミネラルウォーターを差し出した。


「あ、ありがとうございます」


早月は絆創膏だらけの手で受け取った。

どうしたのか、そう聞く前に早月は言葉を続ける。


「わざわざ私のために買ってくれたんですか? お金払いますよ」

「いいって。俺が好きでやってることなんだから」


 それこそ俺のおせっかいでやってるのだから早月から代金を受け取る義理はない。

 それに、かわいい女の子には少しは格好つけたいと思うのが人情というものだ。


「はあ。一宮先輩って本当に変わってますよね。やっぱり千秋のお兄ちゃんですね」

「千秋がどうかしたのか?」

「はい。千秋にはこれでも感謝してて……あ、これは本人には言わないでくださいね? 恥ずかしいんで」


 早月は口止めするよう人差し指を立てる。


「ああ。わかった」

「私、実は人見知りなんですよ。口が悪いのは自覚してるから人と話すのも苦手で……」

「本当だよな」


 俺も対面していきなり変態と言われるとは思わなかった。


「茶化さないでくださいよ、もう!」


 早月は怒ってぷっくりと頬をふくらませる。


「おお、悪い悪い」

「本当にわかってるんですかね……。まあいいです。それで、友達ができなかったところに千秋が声をかけてくれたんですよ」

「へえー。なんて?」

「『私の好きなエロゲーのヒロインに似てる! 友達になろう!』」

「バカじゃねえのあいつ!」

「本当ですよね!」


 たしかにこれは千秋の兄と知られて不信感を持たれても仕方がない。

 あとで千秋に説教しておこう。俺の信用問題に関わる。


「でも、あの千秋なんかでも私にとっては高校で初めての友達だから大切に思ってるんですよ。本人には口が裂けても言いたくないですけど」

「おう。これからも千秋と仲良くしてやってくれ。早月の話を聞いて、早月がいかに千秋にとって重要な友人かがわかった」


 むしろ早月がいないと千秋が孤立しそうだからな。

 その珍妙な発言のせいで。


「はい、もちろん! ……って、そんな話じゃなかった!」

「ど、どうしたいきなり」

「そうじゃなくって、このままおごられっぱなしなのはやはり申し訳ないってことですよ」

「と言ってもなあ……そうだ、早月の練習の見学代ってことで」

「私の素振りにそこまでの価値はありませんよ……。とにかく! このままでは私の威信に関わるので、先輩がなんと言おうとお返しさせていただきます。ということで、今日の昼休みにここに来てくださいね!」


 早月はまるでジェット機のように去ってしまった。


「あっ、おい! 早月、鍵! ……行ってしまった」


 ……またかよ。


 武道場の鍵を閉めて職員室に返したあと、教室へと向かった。

 その途中、校内がいつもより騒がしい気がしたが何かあったのだろうか。

 と、どうでもいいことを考えながら席に着く。


「よっ、ノミヤ」

「おはよーさん。相変わらず早えな、神田は」

「やることねーしなー。俺もお前のように夏穂ちゃんみたいな美少女と登下校できるなら、遅刻でも何でもするんだがなあ」

「勝手に言ってろ。そういや今日はやけに外がうるさかったが何かあったのか?」

「ああ、それは――」

「――中条さんが登校してくるのよ」


 神田の言葉を遮って、話に割って入ったのは佐々木文乃だった。

 それに驚いた神田は椅子ごとひっくり返っていた。


「うおっ、びっくりした」


 神田はいたた、と腰をさすりながら体と椅子を起こす。


「あはは、ごめんごめん。それとおはよう、一宮くんに神田くん」

「おはよう」

「佐々木さんおはよー!」


 ああ、文乃は今日も美人だなあ。

 なんて、見ていると文乃の顔がなんだか赤みを帯びている。

 熱でもあるのだろうか、心配だ。……あ、さらに赤くなった。


「なな、なんでもないよ!」

「え? 何も言ってないけど」

「あ、あれ? そうだっけ? あはは、私ったら何言ってんだろー」

「おかしなやつだな、文乃は。で、さっきの話だけど――」

「――まてまて待てい!」


 神田が歌舞伎ばりに話の腰を折ってくる。


「なんだようるさいやつだな」


 話の腰を折る前に、床に打ちつけた腰を治そうぜ。


「いや、うるさいじゃねえだろ! なんで佐々木さんのこと名前で読んでんのよ」

「本人に名前で呼ぶように言われたから? なあ、文乃」

「あ、うん」

「ちくしょう! このナンパ者! こんなに数多くの女子をオトしてなんなんだお前は!」


 お前こそなんなんだ。

 ほら、文乃も困って目を丸くしているぞ。


「一宮くん……神田くんって気持ち悪いね」

「そうだな」

「ちくしょおお!」


 咆哮ほうこうを上げるバカは放っておいて、改めて聞くとしよう。


「で、中条ってあの中条(ちゅうじょう)愛歌あいか?」

「うん。そうだよ」

「どうりでうるさくなるわけだ」


 中条愛歌は二年C組の生徒で、俺たちの学年で知らないやつはいない有名人だ。

 というのも世界規模の大企業グループ、中条財閥の会長の一人娘で、言うところのお嬢様である。

 一年の時には金の力で好き勝手やっていたみたいで、出席日数を学校から買収してほとんど登校もせずに遊び倒していたらしい。

 でもって、中々の美人だから登校日には他のクラスから野次馬がたかっていたとかなんとか。


 せっかくだから今日は俺も見に行ってみようか……なんて。

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