距離を縮めて
「くそっ、舐めんなでござる!」
「なに!?」
倒れていた男の一人が最後の気力を振り絞り、俺に向かって襲いかかってくる。
「――それはこっちの台詞だ」
速攻で返り討ちにした。
普通に考えて忍者の幼馴染が弱いわけないよね。
幼いころは茜の修行によく付き合ったものだ。
おかげでおよそ現代の一男子高校生が有していてはいけないと思う戦闘力が身についた。
ただ、早月を助けるのをためらったのは、本気を出したらこいつらを殺してしまう可能性があったからだ。
茜のように実力が圧倒的であればいざ知らず、相手は三人、それも武器持ちとなれば手心を加える余裕なんてない。
大人しく地面に倒れていればよかったものを。
***
目の前に三人の男がのびていた。
茜に忍者刀で切りつけられたと思っていた男もどうやら峰打ちで倒れ込んだだけらしい。
さすがに茜にも人を殺さないだけの良識はあったみたいだ。
あのあと全員まとめて追撃を喰らわせられてたけど。
うっかり目を覚まさないようにとか言ってた。
「さて、この気絶したやつらはどうしようか」
「それはもちろん警察に届けるよ。夏彦くんに刃物を向けるなんてこの世において許されない大罪だもん」
「少しは塚原の心配もしてやれよ……。塚原、大丈夫か?」
「あ、はい……なんとか……」
と言ったものの、早月は腰を抜かしたようでその場にへたりこんでいた。
「どこがだよ。ほら、立てるか?」
「す、すみません」
早月が差し伸べた手を取り、立ち上がる。
「一宮先輩って意外と勇気あるんですね……意外でした」
「知り合いがタチの悪いナンパに絡まれてるのに見過ごすわけにもいかないだろう」
「そう思って実際に行動に移せるところはすごいと思います。お礼に私のことを下の名前で呼ぶことを許可しましょう」
「ずいぶんと高い自己評価に満ち溢れた礼があったもんだ」
自分のファーストネームにそれだけ価値を見出だせる人間は中々いないだろう。
「あ! 勘違いしないでくださいね? 私先輩の誤解してたんですよ。だからこれからはもうちょっと仲良くしてもいいなと思っただけなんですから!」
「下の名前で呼ぶことで仲良くなれるのか?」
「少なくとも距離は縮まると思いますけど」
「じゃあ、改めてよろしく。早月」
俺は早月に右手を差し出す。
「はい、ありがとうございました」
早月もそれを握り返してくれた。
たしかに距離は縮まったのかな?
「――って、ちょっと!」
「どうした茜。せっかくの先輩後輩の温かい交流を邪魔するもんじゃないぞ? さっさとそこの地面に転がってるナンパオタクを警察に運ぶついでに自首してこい」
「夏彦くんって、なんか私へだけ当たりが強くない?」
「ストーカーに優しくする義理はない」
「夏彦くんのいじわる! ……じゃなくて! そこの小娘。あなたを助けたのは私なんだからね!」
「あ、そうですね。上泉先輩……でしたっけ? ありがとうございました」
「別にあなたにお礼を言われても嬉しくないし」
「面倒くせえやつだな、お前は」
とはいえ、茜がいなかったら俺も危なかったのは事実だ。
たかがオタクだろうと軽く見ていたが、まさか刃物を取り出してくるとは思わなかった。
たまには労いになでてやろう。
「夏彦くんっ……!」
茜がぱあっと顔を明るくした。
「まあ……お前のおかげで助かった……」
少し恥ずかしかったので、顔を背けながら頬をかいた。
ただ、茜をなでる手を止めないでいると、茜は頭に乗っている手を両手で掴んだ。
「夏彦くん……甜めていいの!?」
「警察へゴー」
さっさと自首しろ変質者。
「……先輩も大変なんですね、色々と」
「……まあな」
早月さん、理解を得られて嬉しいです。
「早月も茜に感謝なんかしなくていいぞ。多分俺が助けに入らなかったら、あいつお前のこと見捨ててたから」
「えぇー……」
……と、バカなやり取りはこの後もう少し続いたが、茜は転がってる男たちを警察に届けに行き、俺と早月は途中まで同じ電車に乗って帰った。
途中、早月と話したりもしたのだが、なぜか今日の早月は生返事だったり、俺の顔を見ながらぼーっとしていたり、かと思えば急ににこにこしだしたりとどこか変だった。
なんだか心配だったけど、いつものように体調が悪いというわけではなさそうだったので、普通に帰りを見送って俺も帰宅した。
……したのだが。
「ダッド! ヘルプミー!」
帰宅すると突然夏穂が抱きついてきた。
それを追いかけてきたのが、なにやら両手に不穏なものを持つ千秋だ。
「廊下を走るな。それと千秋はまずその鞭とロウソクをしまえ」
「はーい。つまんないのー」
「おおっ……私が言っても聞かなかった叔母さんがあんなにあっさり……。さすがお父さん、『言葉の重み』が違うね!」
「俺はアブノーマルじゃないから」
俺の言葉に人を従わせる強制力はないぞ。
「で、いったい全体どうしたってんだ」
「それがねお兄ちゃん。夏穂ちゃんのことを問い詰めていたら、お兄ちゃんのこと監視しようとしてたみたいなんだよ。だから私がおしおきしようと」
と、千秋は言うが俺にはわかる。
こいつ自分が楽しむために夏穂をいじめてやがる。
すげー邪悪な笑みを浮かべてるもん。
「千秋よ。お前の気持ちは嬉しいが、夏穂をいじめるんじゃない」
「違うよお兄ちゃん! これはいじめじゃなくて調教だよ!」
「もっと悪いわ!」
人の娘になにしてんのこいつ。
「お兄ちゃんって夏穂ちゃんに甘いよね。いい加減子離れしないと」
「この年で子離れしろと言われるとは思わなかったよ」
でもまあ、たしかに好きだと言われて悪い気はしないからな。……茜を除いて。
自分で思うより夏穂にべったりなのかもしれない。
それに夏穂くらいの年頃の娘といえば父親にはむしろ嫌悪感を示すはずだし。
父さんなんか千秋に『パンツを一緒に洗わないで』と言われたことにすごいショックを受けていた。
千秋も思春期だからな。
……あ。これか。早月に…感じていた違和感は。
早月は口では父親に呆れた物言いだったけど、仲のよさそうな雰囲気だった。




