後輩と路地裏と
早月の声をたどって走っていると、人通りの少ない狭い路地で三人ほどの男に囲まれているのを見つけた。
「な、何なんですかあなたたち」
「デュフ、だから僕たちはただ君と遊びたいと思ってですな」
「決して悪いようにはしないでござるよ。コポォ」
「迷惑です!」
男たちをあしらってその場を離れようとする早月の腕を、話していた二人とは別の男が掴んだ。
「ふっ、そう急くこともあるまい。今宵、刻の間で俺たちと享楽に身を落としてみるのも悪くない選択だと思わないか?」
あいたたた。
中二病のままナンパとか、年季の入ったオタクはやはりレベルが違うな。
邪気眼を持ってたり、電波受信してる子になら効果はあったかもしれないがそこは早月だ。
オタクですらない彼女には普通のナンパ以上にうっとうしい行為でしかないだろう。
「離してください!」
早月は男の手を振りほどき立ち去ろうとする。
だが思わぬアクシデントが起きた。
振りほどかれた早月の手が勢い余ってもう一人の男の顔面にクリーンヒットしたのだ。
意図せず殴られるかたちになった男は鼻血を垂らしている。
「コポォ……これは少ししつけが必要でござるな」
明らかに殴られた男は怒っていた。
「僕に依存はないですぞ」
「ふっ……貴様の好きにするがいい」
おや。早月だけでなんとかしそうだからと静観していたが、なんだか雲行きが怪しい。
「えっ、えっ?」
中二病男が早月を羽交い締めにする。
……まずい。助けに行かないと。
だが、相手は三人だ。それを考えると恐怖で足が動かない。
そうだ、茜! あいつが近くにいるはず……って確認しようにも千里眼が使えない。
……いや、人に頼ってどうするんだ。
考えているうちにも男たちの凶行は止まらない。
「何するんですか!」
「デュフフフ。何って、この状況でやることといったら一つしかないですぞ」
やばいやばい。なんだあれ。
何止まってんだ俺。迷ってる場合じゃねえだろ。
――そうだ。
茜とのことで反省したばかりじゃないか。
ここで逃げたら後悔するって。
「おいっ! やめろ!」
勇気を出して止めに入る。
「一宮先輩!? 帰ったんじゃ……」
俺の乱入に驚く早月をよそに、男たちは相談を始めた。
「デュフ。知り合いのようですな」
「コポォ……どうするでござるか?」
「ふっ……俺達はよお、引き返せないところまで来ちまったんだよ。つまり、目撃者は消す」
「デュフフ! またしても依存はないですぞ」
「おぬしらがそう言うのでござれば」
鼻血男がポケットからカッターナイフを取り出した。
嘘でしょ、この人たちってガチなやつじゃん。
「え、嘘……ダメっ! 先輩っ!」
「こら、暴れるんじゃない」
早月が体をよじりながら制止するが、男は聞く耳持たず近づいてくる。
あとずさりした俺に対して、男がカッターで切りかかってきた。
まずい――思わず目を瞑ったが、何も起こらない。
恐る恐る目を開けると、振り上げた男の腕に鎖分銅が巻き付いて動けなくしていた。
「な、何者だ!」
「何者かだって? 問われたならば答えましょう。上泉流忍術当代――忍者上泉茜、ここに見参!」
鎖の先は近くの建物の上にいた茜だ。
茜は屋根から飛び降りると、名乗り口上を並べながら顔の横でピース作った。
よかった。茜が来れば安心だ。
これで心の余裕もできたというもの。
「律儀に名乗るのかよ」
だからツッコミもしっかりやるぜ。
「挨拶は忍者の礼儀だからね」
「お前はどこの忍者殺しだ」
「私が殺すのはそこの犬の糞以下の汚物どもだよ?」
「女の子が糞とか言うんじゃありません」
「でも事実だもん。夏彦くんにあだなすカスゴミどもを早急に処分するからちょっと待ってね……っとその前に、はい」
茜が俺に手渡したのはなくしたと思ってたカバンだ。
回収してくれたのはありがたいが……。
「なあ茜よ。なんか俺のカバンがネチョネチョしてるんだけど」
「せっかくの夏彦くんアイテムだからぺろぺろしなきゃと思って」
「死ね」
なんで俺の私物舐めることに義務感感じてんだよ死ね。
と、そんな俺と茜のやりとりをぽかんとした顔で見ていた男の一人がようやく動き出した。
「おい、おしゃべりはその辺で終わりですぞ。リア充死すべし!」
鎖分銅を持ったままの茜に隙ありとみなしたのか、茜に殴りかかる。
まったく無知というのは恐ろしいものだ。
「今夏彦くんと話してるんだから邪魔しないで!」
「ぐげえ!」
「ぐふっ!」
茜は鎖を巻き付けた男をそのまま引き倒すと、鎖から右手を離し、すばやく忍者刀を抜いて殴りかかってきた方の男を薙いだ。
男たちはその場に倒れ、立っているのは早月を羽交い締めにしている中二病男だけだった。
「く、機関のやつらが俺たちの存在に気付いたとでもいうのか……おい、そこの女! それ以上俺に近づくなよ? 今の俺は封印されし力を抑えきれていない……こいつがどうなっても知らんぞ」
男はカッターナイフなどではない、もっと鋭利なナイフを取り出すとそれを早月の首に当てて人質に取った。
この状況でもキャラを崩さないのは評価したいが、やってる行為はクズそのものだ。
それこそ犬の糞以下と罵られても仕方がないほどに。
「た、助けて……」
早月の顔が恐怖一色に染まる。
「てめえ! 汚えぞ!」
「汚いだって? もう引き返せないところまで来ているんだ、今更汚いも糞もない」
「――そう。じゃあ遠慮はいらないよね?」
「…………へ?」
中二病男が格好つけることを忘れて間抜けな声を出す。
今、彼が拘束しているのは早月――ではなく茜だった。
そして、さっきまで俺の隣にいたはずの茜は早月へと変わっていた。
「あれ? 私どうして」
入れ替わった本人も不思議そうにしている。
当然拘束していたはずの人間がいつの間にか入れ替わっていたら、中二病男も驚くわけで。
「な!? どうして――ぐへ!」
混乱させた隙に茜は後ろにヘッドバッドをかまし、男はあえなく撃沈した。
「これぞ忍法すり替わりの術」
茜はこれ以上にないドヤ顔を決めていた。




