先輩と後輩とアキハバラ
「うわっ、もうこんな時間。ちょっと遊びすぎちゃったね」
千秋が腕時計を見ながら言った。
釣られて俺も時計を見れば、すで六時半間近だった。
「これだと帰るのはかなり遅くなりそうだな」
帰宅ラッシュで乗り換えに時間がかかることも考えれば想定してるよりも遅くなるかもしれない。
駅の方を眺めながらそんなことを考えていたのだが……あれは。
「お兄ちゃん、早く電車に乗ろう」
「いやちょっと用を思い出した。千秋は先に帰っていていいぞ」
「用? あ、まさかエロゲー買うの!? 隠さなくてもいいのにー。私もついて行くよ――痛っ!」
千秋の頭に軽くげんこつを浴びせる。
でかい声でエロゲーとか言うんじゃありません。
「バカなこと言ってないでさっさと帰れ」
「ぶー、お兄ちゃんのいけずー」
千秋はぶつくさ言いながらも、素直に自動改札機を通っていった。
――さて。
俺は先ほど駅の外で見かけた“とある人物”に近づいていく。
千秋を先に帰したのも、ひとえに彼女の名誉を守るためであるが。
「塚原?」
「えっ! 一宮先輩!?」
後ろから肩を叩いてやると、振り返った早月は俺を見てびくっと体を震わせて驚いた。
「どうしてここに……って、先輩がここにいるってことはまさか千秋も一緒ですか!?」
「さっきまでは一緒だったけど先に帰したよ」
「ほっ……」
早月は安堵して胸をなで下ろす。
千秋がここにいたら持ち前の思い込みで同類認定されかねないもんな。
「で、塚原はなんでアキバに?」
「え、なんで先輩に言わなきゃいけないんですか?」
早月が澄ました顔で言う。
なんか腹立つなー。
「いや、言いたくないならいいんだけどさ」
「なんて、冗談ですよ。先輩に変な勘違いされても困りますからね……実はこれを」
早月はちょっと恥ずかしげにして手にした買い物袋を見せてきた。
近くの電気店の袋だ。
「なにそれ」
「今日新作ゲームの先行販売があったんですよ。それではるばるここまで」
「へえー。塚原もゲームとかやるんだな。なんか意外だけど」
「あ、いえ! 私じゃなくて父がですね。いい年してゲームが好きなんですよ。本当、笑っちゃいますよね」
呆れたような口調とは裏腹に、早月の表情はとても穏やかなものだった。
よほど父親を大切に思ってるのだろうか。
「父親想いなんだなー」
「そんな大層なものじゃないですよ」
謙遜こそすれ、確かな親子愛がそこにはあった。純粋な方の。
夏穂にも見習って欲しいものだ。
だけどなんか引っかかるんだよな。
頭の中で違和感の正体を探っていく。
「……先輩?」
「あ、悪い。考え事してた。塚原はもう帰るのか?」
「いえ、せっかくだし少し観光でもしようかと」
「ふーん。もう遅いんだし気をつけろよ」
「お気づかいありがとうございます。それじゃあまた」
「おう、じゃあな」
早月と別れ、俺も帰宅しようと駅へ戻る。
そして、駅のホームへ向かうために、ICカードを改札機に当てて通過しようとした……のだが。
「あれ?」
カードケースがない。……というかカバンがない。
どっかに置いてきたのだろうか。
考え込んでいるうちに、気がついたら後ろがつっかえていた。
並んでいたサラリーマンから迷惑そうな視線を向けられたので、とりあえず改札の前から離れた。
さて、どうしようか。
たぶんあるとしたら最後に行ったゲームセンターで、ゲームをプレイしているときに置き忘れたんだろう。
その時までには確実に持っていた。
となれば、考えるまでもなく戻ればいい話だ。
盗まれているかもしれないが、もしもの時には茜に頼んで電車賃を恵んでもらおう。
どうせまたどっかに隠れているんだろうから。
まさかストーカーがいることにこんな恩恵があるとは……。
ゲームセンターに戻ってきた。
まず最後にプレイしたレースゲームの周りを探したがカバンは見つからない。
念のためにガンシューティングやクレーンゲームのあたりも捜索したが、やはり見当たらなかった。
近くを歩いているスタッフにも訪ねてみた。
確認してくると言われて待たされたけども、今日は落し物は届いていないと首を振られてしまった。
どこかで盗まれたのだろうか……ゲームセンターにはなさそうなので一旦外に出た。
交番で遺失物届を出そうと思いたち、雑踏をかき分けて進むその最中。
「――てっ!」
叫び声のようなものが聞こえた。
周りの人たちの話し声に埋もれて上手く聞き取れはしなかったが、あの声は早月のものだった。
何かあったのか?
状況を確認しようと千里眼を発動する。
が、何も視えない。
そうだった。早月は無意識に超能力を無効化しているんだった。
焦っているとうっかり忘れてしまう。
落ち着いて、まずは深呼吸。
――よし。
声が聞こえてきた方向を思い出し、駆け足で向かう。
何もなければいいんだが……。




