掴んだり撃ったり走らせたり
千秋との秋葉原観光を続けていたら、いつのまにか時計の針が五時半を過ぎていた。
春とはいえ、この時間になるとそろそろ太陽も沈みかけている頃だ。
今から帰ったら夕飯の時間に間に合うだろう。
「じゃあ千秋、そろそろ帰るか?」
「うーん、そうだね……あ! その前にあそこ行こうよ!」
千秋があそこと示したのはゲームセンターだった。
俺としては充分楽しんだし、ゲームセンターは地元にもあるので乗り気ではないのだが……。
「じゃあ行くか!」
せっかく兄妹水入らず……ではなかったような気もするが、一緒に出かけたのだ。
これくらいのサービスはするとしよう。
「やった」
千秋が小さくガッツポーズした。
こういうところだけ見れば千秋は素直なかわいい妹なのだが……千秋は自分の欲望にも素直すぎるな。
ゲームセンターに足を踏み入れて、やっぱりというかなんというか……。
「あ! あれかわいー! お兄ちゃん取ってー」
千秋がクレーンゲームの景品であるぬいぐるみに目をつけて、俺にねだってきた。
実のところ俺はこの手のゲームで景品が取れたことはなく、ひそかに全自動硬貨回収機と名づけていることを千秋は知らない。
――ただ。
俺とて(黙っていれば)かわいい妹の頼みを無下にはしたくない。
兄としていいところを見せたいという気持ちはあるのだ。
「よし、お兄ちゃんに任せろ!」
「さっすがあ! お兄ちゃん、愛してるぜ!」
と、意気込んだはいいものの、やはり取れない物は取れない。
千秋の声援を背に受けながら五回ほど挑戦したが、微塵にも取れる気配がなかった。
「うーん、やっぱ見た感じアームの力が弱そうだけど……」
「みたいだな。すまん千秋、これ無理」
「別にいいって。お兄ちゃんが私のために挑戦してくれただけで嬉しいからさ」
千秋のやつ……嬉しいこと言ってくれるじゃないか。
……だけど場所を選んでね?
ここだと周りの人の舌打ちや爆発しろという呟きが聞こえたり、嫉妬に狂った視線にさらされたりするから。
「お兄ちゃん! 次はあれをやろう」
千秋といえばそんな声が聞こえてないのか、気にしてないのか……無邪気に俺の袖を引っ張る。
「ガンシューティングか……いいぞ。驚くなよ?」
「お、乗り気だねー」
「ガンシューは得意だからな。……ほら、早く銃を構えるんだ」
筐体に二人分のクレジットを投入し、銃を構えて深呼吸をする。
……うん、調子はよさげだ。
画面にはイージーモードとハードモードの選択画面が映し出されたが、千秋のことなど気にせず、迷わず後者を選択した。
モニターにはストーリー説明のムービーが流れる。
「ちょっ、お兄ちゃん!?」
「あー、協力プレイだから心配しなくて大丈夫だぞ……ほら、もう始まる」
千秋ができなくても俺が一人でなんとかするからな。
そして間もなくオープニングムービーが明ける。
「大丈夫って――すごっ!? お兄ちゃん何してんの!?」
開幕した瞬間、敵の出現ポイントにエイムを合わせ、顔を見せると同時に打ち抜いていく。
実はこのゲームはとっくに攻略を終わらせ、すべての敵がどこから出てくるかは記憶済みだ。
「お兄ちゃん……あの、私の撃つ的がないんだけど……」
んなもん知るか。
千秋が後回しにしていた敵を率先して撃ってくれたこともあって、ゲームは難なく終わり、ついでに店のスコアランクを更新しといた。
……だがちょっと熱中しすぎてしまった。
「ぶー、お兄ちゃんがほとんど敵を倒しちゃったからつまんなかったー」
ちょっと大人げないプレイをしてしまったせいで千秋がへそを曲げてしまった。
「すまんすまん。じゃあレースやろうぜ。たしか千秋得意だったよな?」
「もちろんお金はお兄ちゃん持ちだよね?」
「当然」
「じゃあやる。仕返しに完膚なきまでに叩きのめしてやるんだから」
俺たちはレースゲームのあるブースに場所を移して、筐体に一体化しているシートに座った。
「ふふっ、泣いても知らないんだから」
「ふっ……どうかな。俺だって多少は上手くなってるんだ」
スタートのカウントダウンの間に軽口を叩き合う。
そしてゲームが始まれば、同時にアクセルを踏み込んだ。
「レースはよお……序盤が勝負なんだぜ、お兄ちゃん!」
千秋が巧みなハンドルさばきと絶妙なアクセルブレーキの使い分けで難カーブを攻略していく一方、俺は何度か操作を誤って遅れをとる。
俺は千秋にビハインドをつけられたまま二周目に入った。
レースは三周だ。ここで巻き返さないと勝ちはない。
たかがゲームとはいえやはり勝ちたいものだ。
「すぐに追いついてみせるぜ」
若干無理のある加速をしながらなんとかカーブを抜け、先を走る千秋の車両へ距離を詰めていく。
「やるね!」
「ここからが勝負だろ?」
「そうこなくっちゃ!」
二人で芝居がかった応酬を繰り返しながらレースは佳境、三周目へ突入し、一進一退のデッドヒートを繰り広げていった。
――そんな中、わき目には千秋がふと口角を上げた気がした。
まるで以心伝心したかのように二人、顔を見合わせる。
「――お兄ちゃん、楽しいね!」
――どきり。
千秋の屈託のない笑顔に思わず胸がときめいた。
いや、いかんぞ夏彦! 近親愛はノーだ。
これは千秋がテレキネシスで俺の心拍数をいじくっているだけ。そうに違いない。
と、自分に心の中で言い聞かせてる間に――
「よっしゃゴール!」
「……あ」
先に千秋がゴールを決めていた。
「ダメじゃん、お兄ちゃん。大して上手くないのによそ見しちゃあ」
……返す言葉もありません。




